1時間半に1回しか来ない電車。
空き地ばかりで何もない世界。
たかだかスーパーが広い土地に建つってだけで大袈裟に騒ぎ立てる大人たち。
そうやっていつまでも小さなことで騒ぎ立てるからここは田舎なんじゃん、と小さい頃から思っていた。地元の景色などは好きだが呑気で少しのことで騒ぐ人間性が嫌いだった。そんな田舎から早く脱却しないと自分がダメになる、そう自分を追い詰めて成長してきた。



電車の外の景色を見る。暗い中、どんどんただの住宅街、空き地へと変貌していく景色。
携帯片手に外の景色を見て寂しい気持ちになる。今更ここはどこら辺なのか、考えるのも面倒くさくなってきた。
今日は時間的に1時間半に1本の電車に乗るには長時間待たなければならないのだろう。定期は乗り換え毎に分かれているが、そろそろ待ち時間の潰し方が分からなくなってきた。免許取らなきゃな、と自分を追い込むが家の近くに教習所はないし第一通う時間がない。大学の後のアルバイトでさえ電車の終電を考えると時間が極端に限られているというのに。
そういえば今日のバイト先の集団は自分と同じ大学の飲み会集団らしい。同じ大学のバイト仲間で1こ上の先輩が飲んでた友達と話したらしい。自分は何としてでもあの呑気な地元から出たくて片道2時間の大学を受験した。しかし受かったのにあの家族に長男の自立という選択肢はなく、一人暮らし話を切り出したときにさらっと話を流して、「お隣の山田さんがねー」と話し出したからこれだから田舎は、という落胆しかなかった。就職は必ず一人暮らしせざるを得ない場所以外受けないようにしようと決意した。
田舎人間は案外大学にも居るものだが、都会に馴染もうと空回りしている人間も目立った。数歩間違っていたら自分もああなったのだろうか、と思いつつ都会田舎関係なく友人を増やしてきたつもりだ。
今の居酒屋のバイト仲間も同様。隣の県出身ってだけで納得する奴らの集まりなので深く聞かれることはない。隣の県でもピンキリで自分の地元は知名度が皆無な部類の田舎だと言うのに。

「なんでせんぱいこんなど田舎の大学受けたんですかー!?」

それだけに今日の客のその言葉はびっくりしたのだが。



キョウと呼ばれた青年はべろんべろんに酔っていた。働いてる側が見ても明らかに未成年だろという外見言動だったが案外飲むペースも早かった。そして案の定酔っている。
「しぇんぱーい」
介抱してる先輩(であろう)人にぎゅっと抱きついているその姿は男である彼には失礼だが可愛かった。まぁ自分は世間で騒がれているホモとかいう存在が嫌いだがこいつは陰ながら狙われてるんじゃないか、とも思った。
「おにーさん」
べろんべろんに酔った彼が玄関口に居る自分に対してにこっと笑った。介抱してる男の体を掴む力が若干強くなったように見えるのは気のせいじゃないだろう、色々と。
「その名前何て読むのさ」
彼は自分の名札を指差し言った。自分の名前はなかなか正確に呼んで貰えないのだ。しかし祖父と父についている漢字を一文字ずつ貰ったものだから書きづらいとは思っていたがありきたりだと思っており大人にもまともに呼んで貰えないときなどは驚いたものだ。
「キョウヘイ」
箕島僑平。ミノシマキョウヘイ。僑吾郎、平治と続いた後の僑平。
「きょーへー??俺もいっしょー」
満面の笑顔で宮口恭兵と彼は名乗った。
「よろしくねきょーへー」
もうどうせ忘れるだろう、二度と合わないであろう店員によろしくと言うのはいかがなものだろうかとも思ったが気づいたら
「ああ、宜しく」
と返した自分は一体何だったのだろう。
電車内で考える。未だに自分のあの言動には疑問しかない。

しかも彼が学部は違えど同じ大学同じキャンパスで、案の定彼は宜しくと言いつつ自分のことはすれ違っても気づかないようにさっぱり忘れていたのだが。



暇な休日、ふらっと地元の最寄り駅に立ち寄る。休日は近くのショッピングモールの影響か人がある程度いて賑わう駅だが、流石に列車が出発した直後から居る人はなかなか居ない。ここに来るのもワンマン列車の時刻表をある程度把握している人たちだけだ。ましてや自分みたいな夕日が沈んだ後からの景色が好きで見にくる人はそうそう居ないだろう。
夕日が沈んで、僅かな風しかない、透明感のある薄い蒼。この空が一番好きだ。
草むらしかない、遠くに僅かに家の明かりが見えるようなこの景色が。
そこに一人の少年が居た。よく見ると少年ではなく青年の、見覚えのある、自分と同じく遠くを見つめているであろう、あの青年が。

「きょうへー」

あの日以来その名前は本人に聞こえないようにしか呼ばない。自分は意外とめんどくさいと嗤いながら、今日もその名前を呼んで。
いつか同じ名前同士深く話し合いたいと何だかんだ自分でも考えてたのだろうか、気づいた時にはいつの間にか自分は彼に話しかけていたのだった。



「バイトお疲れ様」
あぁ、と彼は言った。前回同様イヤホンを仕舞って。
「あ、ごめんねわざわざ」
「いえ、こちらこそ覚えて下さってたんですね」
君のことは知ってるよ、学部は違うけど同じ大学で同じキャンパスで、名前も同じ。ここよりも都会に生まれても慣れちゃってあまり都会だと感じてない、こんな田舎だけど景色を気に入ってくれた、君についてはその程度だけど君に会いたかったんだ、話がしたかったんだ、ずっと。
「流石に一昨日だよ」
だから会いたかったから用もないのに君がこの街にバイトに来るからって今日も駅に来てる。
「ですよねー」
彼も笑う。はにかんだようなその顔は、稀にみる君の顔の中でも好きな部類だ。
「結局バイトで縛られて映画行けませんでしたよ」
ああ、映画でも見に行ってごらんって言ったのは自分か。
「まぁ君の家の近くでも見れるから大丈夫だろう?」
ただあの時は君を引き留めたかったからそう言っただけだし。
「それお兄さんが言っちゃだめじゃないですか」
笑う彼。もっともっと、仲良くなりたい。
だけどもうそろそろ時間だ。きっと君は、時間が経てばこの景色も、―――俺のことも、忘れる。
今まで通り、大学のキャンパス内ですれ違っても、気づかないだろう。知らない人なのだろう。
まぁあの時は君は酔っぱらいだったし。
黙り込んだ自分を見た彼は少し心配そうな顔をした。
もっと話したい。けどもう時間。電車が来る。いつもは待つのが億劫なくらい長いのに、今日に限って。
「もうそろそろ電車が来るね、また気が向いてお金の余裕があったら遊びにおいで」
彼は明らかに二度と来ないのにそう言ってしまうのは自分の未練。
さよなら、さよなら。

「いえ、ありがとうございました、お兄さん」

同学年だと言ったらどんな顔をするだろうか。

好きだよ、と言ったら君はどんな表情になるだろう。

なぜ自分はこうもあっさりと手を振れるのだろう。



「ありがとう恭兵、」
自分のか細い声が、夜の闇に響いた。





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