ある日朝起きたら変な世界にいた。 寒い冬の日に起き上がるのが億劫でおふとんでぬくぬくしてたのにいつの間にかそれが自分の部屋でなくなんかログハウスみたいな木の部屋にいた。 外の世界も、家の周りは住宅街のはずがそこでは一面森だった。 そして服装も寝た時のジャージではなくなんか、ワンピースみたいなものだった。 男だからスカートなんて履いたことない。足元スースーする。 そして横には男が寝ていた。 どうも見覚えのある顔…と思ったらクラスメートの西町だった。 西町はクラスの中では友人に常に囲まれてて爽やか、そして成績優秀でスポーツ万能で教師からの評判も良い。 ただ、それは上辺だけ。 僕は西町から陰でいじめにあっていた。 殴られたり蹴られたりと直接なものはないが、お金を取られたり物を隠されたり捨てられたり陰であることないこと悪口言われるのは日常茶飯事。 僕からすれば手を出してくれた方が後々証拠も残るしありがたいのになーくらいにしか考えていなかった。 西町は常に信頼を得ていて、西町の言うことは絶対正しいみたいな風潮がクラスにはあったから、自然と僕への無視やいじめもクラス全体のものとなっていた。 まぁ、興味を持たれないよりはましか、という考え方の人間なので深くはなにも気にならないけどね。特に動機もきっかけもない、面白半分で始まったものみたいだし。 しかし、今の状況は一つのベッドにそんな僕と西町が二人で寝ているというね。どうも西町は上半身裸みたいだし。 まぁいい起こそう。ここはどこなのかとか把握したい。 「…ん、おはよ、りょー」 おやびっくり。西町から名前で呼ばれたのは初めてだ。普段は女みたいな名前で気持ち悪い、っていうくせに。 「おはよう」 ここで、いくつか質問をしてみる。ここはどこなのか、なんで2人でいるのかなどなど。 ボケたのかと心配されたが西町は説明してくれた。この世界ではどうやら魔王討伐のために、僕と西町が選ばれ今は2人で旅をしているらしい。 何が笑えるって、西町が魔法使いで僕が勇者だと。30歳で魔法使いーとか16の段階でもお前関係ないだろ。このヤリチンめ。 僕からしたら西町は魔王ポジションの気がするんだけどなぁ。 この世界では、と言ったけどパラレルワールドみたいなものかな?と思っている。よくわかんないけど。 「正確に歩けていればもうすぐ魔王のお城に着くはず」 西町はそう言い、よくアニメで魔法使いが被る三角の長帽子を被った。それ目立つんじゃないの? かという僕も鎧を身に纏った重装備。剣もある。正直、重くて邪魔。 こうして、僕がこの世界に来てからの旅が始まった。 何が正確に歩けていればもうすぐ魔王の城に着くはず、だ。何日かかっているか! 「いや、こっちだよりょー」 「違うよ西町。こっちだってば」 方向音痴の西町のせいでだいぶ時間は掛かったが、ようやく魔王の城についた。 旅をするにつれ、この世界の西町はあっちの世界の西町と同じ顔同じ声だけど性格が全然違うことがわかった。 前いた世界の西町は表裏ある性悪。だけどこっちの世界の西町は優しい。敵が現れた時は何度も何度も魔法で救われたし、常に気を遣ってくれる。同じ西町のはずなのに好感度は雲泥の差だった。 元の世界に帰れるかはわからないけれど、今の西町みたいに優しくなって欲しいな、と正直思っている。 そうしていると魔王が現れた。なんと僕のクラスの担任のおじいちゃん教師だった。僕と西町の連携で魔王は簡単に倒すことができた。 こんなあっけなくていいのか、と思っていたらいつの間にか西町の魔法で魔王討伐の命を受けた時の街(らしい)に飛び帰っていた。そのワープできる能力さっさと使えよ、と言ったら「実際に足を踏み入れた所しか行けない」とさ。使えない。 あと、正直ワープする時西町に抱きつかれるのも恥ずかしかった。触れていなければならないとはいえ、僕と西町では男同士なのに頭一つ分の身長差がある。西町はガタイがいいから、ぎゅっと抱きしめられるとなんか…複雑な気持ち。 その状態で前の街にワープしてきたから、国王(校長だった)たちもびっくりしていた、は、恥ずかしい。 魔王討伐の祝賀会が開かれている中、僕は疲れ切っていたので充てがわれた城内の部屋のベランダで夜景を見ていた。 いつどうやったら僕は向こうの世界に帰れるのか、この世界の西町の優しさに触れてしまったので正直向こうの世界でのいじめには耐えれないかもしれない。 ただ、そろそろ勉強しないとこの世界に来てから日にちは経ってしまっているので授業に対する不安もあった。 恐らくパラレルワールドみたいなものなので、神隠しとかではなく向こうの世界にもワープした僕がいるだろう。その僕は、西町とどう関わったのだろう。こっちの世界の西町は優しすぎるくらいだから、向こうの西町に耐えれるだろうか。 「りょー、入るよ」 優しい西町の声。向こうの世界では僕には向けられることのない笑顔。 「お疲れ様」 だから僕も、できるだけ穏やかな笑顔で返した。 「西町、何も言わずに聞いててね。 僕、この世界に最初来た時はどうしようかと思ったけど、西町がいてくれたから何とかやっていけたよ」 簡単に自分の置かれている状況を説明する。本当は僕はこの世界の新田涼ではないこと。自分でも把握できてるわけではないけれど、西町は何も言わず、黙って僕の話を聞いていた。 僕が僕ではない、と感じたことはあっただろうか。西町の表情ではその真意を図ることはできない。 「もうそろそろ、帰らなきゃ。僕も、頑張るよ」 もう寝るね、おやすみ、と言っても西町はその場から動かなかった。僕は正直眠かった。ベッドに入る。 「りょー」 頭を撫でられる。たまにされるこの仕草が、こっちの世界の本当の新田涼に対し妬むくらいには好きだった。 「俺はどんなりょうでも大好きだよ。それは、どの世界の俺であっても一緒だと思う。おやすみ」 微睡んでいた僕には西町の言葉の真意は届かなかった。 朝起きたら元の世界に戻っていた。両親と顔を合わせた時に特に何も違和感はなかったのできっとこっちに来た僕もうまくやっていたんじゃないかなと思う。 ーどうか、向こうの僕は向こうの西町と幸せでありますように。 向こうの西町の優しさに触れたので少し辛いものはあったが、学校には行かなければならない。僕は意を決して、学校に向かった。 教室に着いた時、相変わらず僕が来ても誰一人気づかない冷たい雰囲気だなと思った。よく今まで向こうの僕がここに来て耐えてたなと思う位。 ただ、僕のことをじっと見つめている人がいた。西町だ。 僕も特に意味はなく見つめ返す。お互い何も言わずじっと目を合わせているだけ。席に着くために僕が目を逸らしても、後ろからの視線は感じていた。 「涼」 その声音は、元々の西町だった。向こうの穏やかな西町のトーンではない。同じ顔同じ声で、なぜここまで異なるのか。思わず涙が出そうになった。けれど、大人数いる中で泣くわけにはいかない。 僕は僕で、耐えてみせる。 「涼」 もう一度、僕を呼ぶ声が聞こえた。一瞬、クラス中が静かになったような気がした。 『りょー』 ぽろり、と雫が落ちる。それを目にした瞬間、僕は教室を飛び出していた。 『俺はどんなりょうでも大好きだよ。それは、どの世界の俺であっても一緒だと思う』 向こうの西町はとんでもない嘘をついてくれたものだ。こっちの西町がなぜ名前で呼んでくるのかも含めて、僕は色々と限界になっていた。 「涼!」 屋上に来た時に、腕を後ろから掴まれる。振り向くと、少し驚いた表情で息を吐く西町がいた。 「なぁ、お前最近ほんとどうしたの?」 どうしたのもこうしたのもあるか。向こうの西町がお前と違って優しすぎただけだ。 そう言うのも馬鹿馬鹿しかったため、何も言わないでいたらいきなり抱きしめられた。あの時の西町と同じ、頭一つ分の差。ただ、抱きしめる力がこっちは強い。 「涼、お願い、俺の行けない遠くに行くな…」 どうやらあの性悪西町が泣いているみたいだ。一体あの期間こっちの西町に何があったのだろう。 「今までいじめていてごめん。今までのことは許せないだろうし許さなくていい。でも、俺、涼のこと大好きなんだ。涼を俺のものにしたいくらい、独占したいくらい大好きなんだ。 でも最近それで本当にいいのか、って、もっと普通に話がしたいな、大切に扱いたいなって思った時に、涼がどんどん遠くに行っちゃうみたいな、全く俺に興味を示してくれなくなるみたいな感覚になって…」 ごめんね、ごめんねと謝ってくる度抱きしめられる力が強くなる。 「涼、大好き、愛してる、だから俺の世界からいなくならないで」 えぐえぐ泣いている西町を初めて見た。 ただきっと、僕の気持ちは変わらないだろう。 「僕が好きなのはあっちの世界の優しい西町。性悪なだけのお前は大嫌い」 「いつもそう言うよね、本当にごめんね」 あっちの僕も、きっとこっちの世界の西町が嫌いだったのだろう。苦労させてごめんね、と心の中で謝った。 「うん、許せない」 僕は僕なりに、この男と向き合おう。 ← |