彼女、ななこっちと友達になってから、そろそろ月が一つくりあがろうとしている。やはり思った通り、彼女は変わった人だったけれど、不快さがもよおすようなそれではなかったし、なにより楽しかった。あの日、友達の作り方も知らない彼女が言った、俺たちはきっといい友達になれるという言葉、あながち間違いではないのかもしれない。彼女はたまに、勘の鋭いところがあるから。
それでも俺が彼女を見る目に、恋愛特有の甘いフィルターがかかることはなかった。それは彼女にとって一種の冒涜となり得ることを、俺は身をもって知っていたから。彼女が俺を選んだ理由、それは、この顔のこともあると思うのだ。同じ、整った顔を持つもの同士、ぶち当たる壁がひとつあり、それが、自分と何らかの形で接することになった異性は必ず、いつの日か、自分を恋愛の対象として見てくる、というものであった。おまけに、そのおかげで同性には嫌われるし。事実彼女はそのせいで、女に対して苦手意識を持っているような、そんなぎこちない態度を見せるし、異性は必要以上につっぱねる。俺もまた、男の友人をいくつかなくしたし、女に対してもあまり良い感情を抱かなくなった。そんなお互いの隙間に、俺たちはすっぽりとはまり合う。
しかし俺には、おそらく彼女とも分かり合えないであろう秘密がひとつ、あった。そのおかげで俺はこの、人気のなくなった放課後を狙い、隣のクラスのある席へとこっそり腰を下ろすのだ。その席は、同じバスケ部で、新人の俺の教育係であった彼、黒子っちのものである。
単刀直入に言う。俺は、彼が好きだ。ライクではなく、ラブの意味で。彼と話すたび、女にはちっとも感じられなかった、背筋がぞくりと震えるような魅力を感じた。いつしか、その体に触れたらどんな声がするんだろうとか、馬鹿みたいなことを考えはじめた。そうしてとうとう、思うだけじゃ足りなくなった俺は、彼の目を盗んでこんな、背徳的な行動を犯すようになった。
冷たい机に頬を押し当て、呟いた彼の名前は、やたらと熱っぽく響いて、気持ちが悪かった。

「涼太」

息をのんだ。俺しかいないと思っていたその空間に響いた高い声は、よりにもよって彼女のものであったから。「っ、ななこっ、ち」教室の入り口に立ってこちらを見ていたのは、やはりそうだった。頭が真っ白で、何も考えられない。前述したように、彼女は勘がいい。どうあがいても、無理だと悟った。

「どうして泣くの?」

頬を伝ったものは、冷や汗ではなかったのか。「わかんね、っスよ、もう」がたりと、大きく音をたてて席を立つ。彼女のすぐそばを通り抜けようとした俺は、華奢な白い腕に引きとめられた。振り払えば外れてしまうはずのそれを、どうして、拒めなかったのか?頭一つ分下から俺を見る彼女の真摯な瞳に、ついついすがってしまったからか?何にせよ、動きをとめた俺を見て、彼女は言い聞かせるようにゆっくりと、口を開いた。

「逃げないで」
「…むしろ、逃げるべきは、そっちじゃないスか」
「どうして、わたしが逃げるの?」
「勘付いたんスよね?ならさ、思っただろ、気持ち悪いって。」
「思わない」
「あのさ、友達だからってそういうの、いらねえよ。困るの俺の方なんスからね、マジで」
「思わないっ!!」

彼女の整った顔が、怒りに歪む様子は実に不格好だった。俺を捕らえるその手に力がこもり、少しだけ爪が立つ。「あんた、冗談でも気持ち悪いだなんて、言っちゃだめよ!涼太のそれは、どこまでも一途で、純粋よ」さて、俺のこの無謀な恋が、一途で純粋などと評される日が来ようとは、誰が思っただろうか。

「男女間の恋愛なんてね、よく表沙汰にされる部分は建前でしかないのよ。結局どの場合にだって、性欲って本能が大半を占めてる。でもね、涼太がしているその恋には、生産性なんてないのよ。むしろ、失うものばっかり。辛いし、苦しい。それでもこうして涼太が恋していられるのは、あんたが彼を想う気持ちが不利益なんて包括してみせるから、そうでしょ?それのどこが、一途で純粋じゃないっていうの?」

その言葉に、どれほど救われたものか。「やっぱ、ちょっと変わってる、ななこっち」ぼろぼろと涙が零れていて格好がつかないので、わざとそんな、冷たい言葉を返した。彼女はそれさえも、しっかり見抜いてくれた。「ねえ、言ったでしょう?わたしたちきっと、いい友達になれるわよ、って」こくりと頷けば、彼女がくすりと笑ったのが分かった。