どうしてこんな炎天下、延々とリフティングの練習なんてしなければいけないのか?蹴り上げた数がとうとう三桁に達したとき、とうとうばからしくなった俺は、なんとかしてこの空間、体育の授業を抜けられないかと考え、思いついたのが、これだった。

「あ、やば」

右足には、わざと大げさな力をこめた。それを受けたサッカーボールは当然、これまでのものよりもずっと大きな放物線を描き、飛んでいく。うん、うまい具合にボールは死角へ滑りこんだ。「すんません、取ってきます」はい、口実のできあがり。











一応、ボールは見つけとかないとな。ささっと見つけて、どこかの木陰で涼んでやりすごしてしまえ。そんなことを考えながら、ボールの飛んだ先へ足を進めた俺なわけだが、やっと見つけた白黒の球体、の傍で頭を抱えてうずくまる生徒を見つけたときには、息が止まりそうになった。
不幸中の幸いというべきか、それは、女子生徒であった。これならちょっと謝れば許してくれる。というのも、まあ、俺は顔がいいから、女の子たちの態度の甘いことといったらない。「だいじょうぶ、スか?」ぽん、肩に手を載せれば、その子はぴくりと反応し、ワンテンポおいて、ぐおっ、まさしくそのように豪快な効果音でもって俺へと顔を上げた、そして、本日二度目の息が止まる感覚。
やはり彼女は俺が蹴り上げたあのボールを頭に受け、このようにうずくまっていたのだろう。痛みゆえの涙が長い睫毛に絡みつき、その下では俺を恨めしげに睨むやや釣り気味の、それでも綺麗な形で縁取られた瞳がきらきらと揺れていた。雪のような白い肌に映える綺麗な赤みを持った唇は、怒りか恐怖かそれ以外か、わなわなと震えているのだが、それすら艶やかに見える。
つまるところ、彼女はあまりに美しかった。

「…まさかこれ、あんたがやった?」
「、あ、ごめ、」
「よ、く、も」

ぐに、とつままれる感覚があった。気がつけば、俺の右頬は彼女の白魚のような指に噛みつかれて、つまり、つねりあげられていた。ちなみに、人形みたいに整った顔も、瞬きひとつで睫毛が触れ合ってしまうほどには、近くに迫っている。「い、いたいスよ!」とうとう声をあげた俺に、「わたしのほうが痛かった!」吠えるように彼女は言う。うっ、言い返せない。

「さて、どう償って………」
「…、ど、うしたんスか?」
「あんた、」

そっと離れていく彼女の人差し指、それから親指。開放された頬をさすり、俺を凝視しはじめたその子にもう一度何かと問うたとき、いたって真顔のまま返ってきた彼女の言葉は、「あんた、綺麗な顔してるのねえ」
はりつめていたはずの彼女の雰囲気が、だるんと緩んだ瞬間であった。今度はぺたぺたと、それでいて嬉しそうに俺の頬やら髪やらに手を這わせる彼女を、しばし唖然と見ていたのだが、「な、なんなんスか!?」ようやく正気に戻り、やんわりその手を制する。

「許してあげる」
「へ?」
「あんたの愚行を、許してあげる。ただしそのかわり、」
「そのかわり?」
「わたしと友達になること!」
「…ともだ、ち、」

彼女の言葉を反復した俺の声は、呆気にとられて情けなく震えていた。「そう、友達!わたしたち、きっといい友達になれる、なんだかそんな気がするのよね」それはそれは美しく笑いながら、彼女はそう言い俺の手をとる。綺麗な人だけど、おかしな人でもあるな、この人。いま思い返せば、彼女はいつも一人だったのだけれど、それは、高嶺の花ゆえに、周囲からの無意識な謙遜を受けていた、というだけではなく、このように、なんとなくずれた人であったからかもしれない。だとすれば、誰かが彼女のそばに居て、それを指摘する必要があるのではないか?

「だめっスよ、こんなやり方で出来た友達なんて、友達って言わないんス」
「…そうなの?…ごめん、わたし、友達の作り方とかって、よくわからないのよね。なにせ、ろくにできたことがないから」
「…ちょっと、ついて来てほしいんスけど、」

重ねられていた彼女の手を、握り返して、引いて歩いた。目指すは購買付近の自販機だ。「好きな飲み物、なんスか?」ちょい、と後ろを見て尋ねると、彼女は目を白黒させながらも、「ええと、お茶」そう、見かけによらず渋い好みを露呈した。うーん、女の子に緑茶のパック買ってあげるなんて、初めてかも。ガコンと音をたて落ちて来たパックを、そのまま彼女の手のひらに落とした。すとん、受け取った彼女は、嬉しそうに、でもまだうろたえながら俺を見る。

「えっと、これは?」
「サッカーボールあてちゃったお詫びっス」
「い、いいの?もらっちゃうわよ?わたしこれ、すごく好きなの!」
「どうぞどうぞ、それと、ほんとにすんませんでした」
「うん、もういいよ!」
「…はい、そんじゃ、貸し借りなしの状態に戻りました、俺たち」

早速ストローをつきたて、嬉しそうに緑茶を吸いはじめた彼女が、きょとんとして俺を見た。「ねえ、友達にならないスか?」そして、変なところにお茶を流しこんでしまったらしく、しばらくゴホゴホとむせこんでいた。ちょ、大丈夫スか?あやすように背中を優しく叩くと、幾度か深呼吸をした彼女が、すっと俺へと向き直り、「それが、正しい友達の、つくりかた?」俺の目を見て、ゆっくりとそう言う。そうスよ、これが正しい方法。そう笑えば、彼女もまた花が咲いたように笑う。

「よろこんで、なります!」