というわけで高尾に送ってもらったわけだが、当然、時間も時間ということで、不審者どころか、人っ子一人いない。まあでもこの空間、一人じゃちょっと怖かったかもな、なんて隣の存在にこっそり感謝しておく。「あ、高尾、ここだから」見慣れたマンションが見えた。高尾は、やっぱオシャレだなーなんて言いながら、ちらりと携帯で時間を確認した。うわ、もう22時。

「ところで高尾、駅に行くってことは、電車で通ってるの?」
「…いーや、バスだよ」
「ば、バス?!こんな時間に出てる?!」
「……はは、さっき最終行っちゃったー」

やっぱりね!時間見たときちょっと顔歪めていたものね!「まあでも、なんとかなるっしょ、友達の家にでも泊まるって」そう言い、気にすんなと笑う高尾に罪悪感がさらに膨れ上がった。これは完全に、わたしのせいである。わたしの歩幅にあわせてゆっくり歩いてくれたせいで、彼は乗り損なったのだから。
償う方法なんて、ひとつしかないだろう。

「高尾、うち泊まっていきなよ」
「……………はっ、あ!?!?」
「ね!」
「いや、ね!じゃなくて!マジで言ってんの?!」
「大マジ。だってこんな時間に突然友達の家に押しかけたら迷惑でしょ?それに、これはやっぱり、わたしのせいだから。」
「だからってさあ…分かってんの?」
「何が?」
「……ああうん、そういうやつだったな、ななこは」

高尾は何かをぼそぼそ言っていたけれど、さっぱり聞こえない。何?もう一度聞き返せば、「そんじゃ、お邪魔になりまっす」なんて、いつも通りに笑う彼。
はいどうぞ、そう言い部屋に通すと、おお、綺麗にしてんじゃん、高尾はキョロキョロ辺りを見渡しはじめる。一方わたしは、あれ、下着そこらへんに放置してないよな、なんて、ちょっと気が気ではなかった。まあ結局その心配は杞憂であったとして、ハードな練習こなした後だ、彼も空腹だろうし、何か食べれそうなものでも作ってみせようか。「高尾、ごはん作ってる間に風呂入っちゃってね」着替え、確か入り浸ってる弟のものがあったはずだ。よれよれのスウェットだけどまあ、いいだろう。それをバスタオルで包み彼に渡せば、「え、は、はあ、うん」歯切れの悪い言葉が返ってきたけれど、結局風呂場へ向かっていったため、よしとする。











焦った。なぜって、冷蔵庫にキャベツと卵しかなかったからだ。うん、そうだった。一人暮らしを始めた当初は自炊に燃えていたのたが、部活が始まってからは、帰宅後に料理をする体力など残っていないために、必要最低限の食材と冷凍食品以外は買わないことにしていたのだ。
幸いお好み焼きの粉がストックしてあったため、なんかキャベツと卵焼いたものという、人様にはとても食べさせられない質素な品が出来上がることだけは避けられたが。風呂上りで髪の毛の先に雫をつけた高尾にそれを出せば、ぺろりと五枚たいらげ、美味かったと笑った。良かった、けど、わたしの分一枚かあ…。
皿洗いは俺がやるよ、すでにわたしの手にあったはずのスポンジが、いつのまにか高尾の手に抜き取られていた。割らないでよ、そうからかうと、俺、なかなか器用だから心配すんな!そう言ってコップを滑り落としかけた。おい。

「い、いまのはちょっと油断しただけ!」
「やめてよほんと、わたしあんまり食器買ってないんだから!」
「だーいじょうぶ!まかせて風呂にでも入って来いって!」

不安しかないが、ここでやかましく彼に口出しするより、そっちのほうが効率が良さそうだ。じゃあ、入るけど、くれぐれも割らないように!そう念をおすと、分かったってー!そう苦笑いする高尾がいた。
というわけで、風呂に入った。そしてあがった。幸い、ガチャンなどという音は聞こえなかったため、皿は割っていない、のだと信じたい。まだやや濡れている髪を強引に一括りにし、適当にノースリーブとハーフパンツを身につけて、やや速足で風呂場を後にし台所へ行くと、綺麗に洗われた皿が積み重ねられていた。うん、一枚も欠けてない。ありがと、高尾!ラグに寝っころがりながらテレビを見る高尾の側に腰をおろしてそう告げると、どうだ、見直したっしょ?、そう言い高尾はこちらを向いて、固まった。

「え…っ、ええー…もうほんとおまえさあ…」
「ちょっと、なにそれ?」

やたらと失礼な反応だったわけだ、それは。さすがのわたしも気分を害し、少し眉を寄せながらも返事をすれば、彼は深くため息をついたあとに、プチンと予告もなしにテレビの電源を落とした。「あのさ、ちょっと聞くけど、」彼は前述した通りにびろびろなスウェットの襟口を指にひっかけ、「これってさ、彼氏の?」そう聞いた。…いや、いませんけど。そう返したわたしが怒りを覚えていること、高尾は気づいているのだろうか?

「ふーん、そっか」
「弟のだけど、それがなに?」
「ああ、容赦しなくていいってこと、よーくわかったよ」

わたしにはよくわからなかった。何だろうか、この体制。一瞬のうちに、わたしはラグに仰向けで寝っ転がっていた。両肩には高尾の手のひらが押し付けるように乗っている。「なあ、ななこちゃん」目の前で高尾が笑った。目を細めて、口端だけを釣り上げて、怪しく笑った。

「こんな真夜中に一人暮らしの部屋へ男を招くってのは、関心しませんなあ」

分かったのは、高尾は明らかにさっきまでの、お好み焼きを頬張っていた彼とは全く別人のようであること。音もたてずに近づいた彼の顔は、無防備に晒されたわたしの首もとへおりた。途端につう、と何かがなぞるような感覚に、勝手に体がびくりと波打つ。

「ちょっ、と、な、にして…!」
「言ったじゃんよ、俺、そんな物好きもいるんだって、さ」

でもさ、やられないと、わかんないかんじっしょ、ななこはさ。そんな重低音が、直に耳をゆらす。よくわからない感覚に、身をよじるも、捕まえられた肩が動かないことには、彼から逃れることができない。
わたしには、よくわからなかった。この震えが、恐怖からくるものなのか、それとも、

「なあホラ、ちゃーんと抵抗しなきゃさ、俺止まんないぜ?マジで」
「…止まらなかったら、どうなるの?」
「ははっ、それ聞いちゃう?そうだな…たぶん、失うよ」

そう言うと、彼はおそらく、目を伏せた。実は長い彼のまつ毛が首を掠める。そうして、どんな表情をしているのか、わたしにはなんとなく分かってしまった。彼はとても、優しい人だから。ねえ、高尾、わたしが名前を呼べば、彼はぴくりと反応した。「わたしにはよく、分からないんだけど、高尾になら奪われてもいいやって思っちゃうのは、どうしてなんだろうね」

彼は顔をあげて私を見ると、「ほんと、敵わねえわ、」そう言い頭をかいた。背中に回された手で、わたしは背を起こされる。あまりに近い距離で向かい合うわたしたちはしばし無言だったけれど、高尾がとうとう、口を開いた。

「なあ、俺さ、好きなんだわ、お前のこと」
「うん、それって、わたしもなんだよね」

呼吸するように、なんてことない動作で彼に引き寄せられて、触れた唇は心地よく暖かかった。目を伏せてしまえば、まどろんでいるような感覚。わたしにも分かるよ、これが幸せだってこと。

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