「黄瀬のね、その顔、わたし、すごい好きなの」

俺の言葉がいつものように軽くあしらわれ、ひどいっスよお、なんて頭を抱えてみせる、そこまでは一連の流れとして慣れ親しんだものだったのだけれど、不意に彼女の口からぽろりとこぼれたその言葉はあまりに甘ったるくて、いつもクールでドライな彼女から出てきたものとはとても考えられなくて、えっ、え!?!、え?!なんて裏返った悲鳴が、真っ赤な俺からあげられた。
これ、もしも彼女がまた俺をからかうための冗談とかだったら、ちょっとかなりいやまじで、恥ずかしすぎる反応なんじゃないでしょうか?穴があるなら入りたい俺を見て、へんなかお、なんて、彼女はまた、わらった。

「黄瀬がわたしの言葉にそうやって焦ってる顔、すき」

わあ、ひどいこと言われてるよ、なんて分かっていても、結局俺のこころも体ももろとも、最後の二文字だけでばかみたいに舞い上がってる。対象的に、となりの彼女の表情は、すきと言うたび陰っていった。ななこっち、どうしたんスか?伺い見た俺を見あげる彼女の丸くておおきな瞳には、きらきらした涙の膜がゆらゆら揺れていた。

「ごめんね」

すっと、芯が冷える感覚。なんかこの雰囲気、やばくないスか?このあと震える彼女の口は、どんな言葉を紡ぐのだろう?うそだよ、とかならかわいいものだけど、まさかそんなこと、こんなに辛そうなかおで言うはずない。もっと重くて、深刻で、気丈な彼女に涙させるようなもの、といえば、わかれよう?ぴしりと固まる俺。そんな言葉を聞かされたあかつきには、俺もう、どうなってしまうかわからない。こわくて彼女の続きをうながすことだってできやしない。ヘタレだって?冗談いうな、俺は彼女に、べったべたに惚れてるって、それだけ。

「…だめなんだよね、わたし、ちゃんと黄瀬のことすきなんだけど、口から出てくのは、思ってることとは正反対のことばっかりなの」
「、へ」
「黄瀬のくだらないはなしとかにもさ、もっとこうかわいく、反応してみせたいんだけど、そっけないことしか言えないの、かわいくないでしょ」
「っ、」
「黄瀬、やさしいから、そんなわたしの態度に真面目に悩んでくれるでしょ、それ、黄瀬がわたしに嫌われるのを怖がってるみたいで、すごく嬉しかった。…だけど、このままじゃだめってことも、ちゃんとわかってるの」
「え、」
「わたしの挙動に黄瀬が我慢ならなくなるまえに、離れたほうがいいのかも、」

わたし、黄瀬に嫌われたらきっと、生きていけないから。まばたきひとつで決壊してしまいそうな瞳がふい、とそらされた。彼女はいまにも、俺の元から駆けていってしまいそう。なあ、ここで動かず、いつ動くんだよ、俺。つかんだ彼女の華奢な手首が、ぴくりと揺れた。

「そんなこと気にして、泣いちゃったんスか、ほんとにもう、ななこっちは、かわいい人っスね」
「きせ、」
「おれも、ななこっちがとるそっけない態度、すき。照れ隠しって、ばればれなんスからね」

まぶたにキスして、とうとうこぼれおちてしまった涙の一粒でさえも、愛しいよ。


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