下駄箱を開けると、何か白いものがぽろんと転がって落ちた。拾い上げてみると、それは折り畳まれたルーズリーフだ。友達だろうか?それともいたずら?何はともあれ、中身を見ないことには始まらない。広げた紙の中央に、でかでか書かれていた文字は、"放課後、屋上に来てください。"上履きも履かず、靴下で直に立ちながら、わたしは言葉を失った。
ラブレターといえば、幼なじみに宛てられたものを、何十通も介したが、自分に宛てられたことといえば悲しいことに、一度もない。いや、なかったと言うべきか。とにもかくにも、人生初の体験に、浮かれを隠しきれないわたしである。

で、何故か校舎を走り回るはめになったわけだけど、本当にどうなってるんでしょうね?待てやコラアと私の名を呼ぶ怒声があらぬ方向へ消えたところで、これまでの経緯を整理してみる。
放課後、あまりに上機嫌なわたしを不審がる友人をよそに、鼻歌なんて歌いながら階段を駆け上り、たどり着いた屋上では、わたしを呼びつけたであろう生徒がぽつんと立っていた。
そう、それで結局、告白を受けたわけだけど、なにせラブレターを受け取ったということに対して舞い上がっていたわけだから、その後のことなんてさっぱり考えていなかったわたしは、散々喜んでおいて、結局その申し出を断ったのだ。
我ながら最低だとは思ったが、相手側にしてみてもそれは当然のことで、おまけに彼は、友人に「あんたラブレター貰ったぐらいでにやけすぎよ」とひかれるわたしもばっちり見ていたそうだから、怒りの念も一押しだ。「からかいやがって!」とブチ切れた彼に追い回されること数十分、最終的に、女子トイレの個室で籠城していたわたしは、消えた気配に応じてこそこそ移動しているうちに、無事我が家まで辿り着くことができた。
「遅かったわね」片手におたまを掴んだ母が不思議そうに尋ねてくるのを、気のない返事で受け流しながら、二階の自室へ入り、ベッドに仰向けで倒れ込んだ。ふと視界に写りこんだ膝小僧は、てっぺんが赤く滲んでいる。逃げてる途中で転んだあのとき、やっぱり擦りむいていたらしい。
いたい。











丈夫さだけが取り柄の幼なじみが、体調不良で休みだというので、教室が少しざわいた。「みょうじが休むなんて…相当な病気なんだろうな」神童の言葉にあてられて、少し心配になってしまった俺は、労いのメールでも送ってやろうかと考える。
結局、大丈夫か?と、たった五文字の質素なメールを送ったわけだが、待てども待てども返事は来ず、放課後を迎えたところで、担任の教師に、ななこの家までプリントを届けるよう頼まれた。ちょうど良い口実が出来たと二つ返事で頷いた俺は、手土産に自販機でポカリを買って校舎を出た。

そんな俺の労りの精神を踏みにじるかのように、玄関で俺を出迎えたのは、神童曰わく、重病で苦しんでいるはずのななこだった。「どしたの?」おそらく寝癖であろう、ぴょんと跳ねた前髪に、つい先程までの自分がアホらしくなった。


「プリント届けに来たんだよ。」
「おー…ご苦労さん、お茶飲んでく?」
「ぴんぴんしてるならメールくらい返せよな…」
「あ、電源切ってた」
「…」


無駄な心労をため息として全て吐くと、あまりにも深いものになった。「…コーラくれ」「よろこんで」そう言って、俺を家の中へと促すななこは、少し不自然な歩き方をしている。「怪我したのか?」「うん、転んだの」俺の方など見向きもせずに、淡々と返事をして、またおかしな歩き方で冷蔵庫へと向かったななこに、俺はなんとなく違和感を覚えた。


「なあ、」
「ん?」
「何かあったのか?」
「ないよ、何も」











結局ななこは、次の日も学校を休んだ。見たところ、大判の絆創膏しか貼られていなかったあの足の怪我、実はものすごく重いのだろうか?幸い、今日もプリントの配達を頼まれているから、ついでに様子も見に行こうと、早足で下駄箱へ向かった放課後、廊下の途中で、みょうじという単語が聞こえた俺は、そのままぴたりと足を止めた。


「そういえばお前、みょうじに告白するとか言ってたけど、結局どうなったんだよ?」
「…断られたよ」
「…マジ?あれ、でもあいつあの日、ラブレター貰ったってすげえ浮かれてなかった?」
「知らねーけど、なんかゴメンナサイって言われたからさ、カッときて…」
「は?なに?まさかお前、襲ったとか?」
「…そのつもりだったけど、結局逃げられた」
「ダッセー!」
「クソ!次学校来たら覚えてろよアイツ…」
「なあ」
「あ?…霧野?」
「それ、本当か?」











あんな奴に登校拒否まで追い詰められるなんて、屈辱にも程がある、そんなこと分かっているのだが、どうしても身体が嫌がる。今日だって、制服を着ようとしたところでとんでもない腹痛に襲われたのだ。
朝と同じ格好でベッドに寝転がり、完全に駄目人間と化していたころ、来客を知らせるチャイムが響いた。…蘭丸、にしちゃ遅すぎるか。時計の短針はもう5の文字を指している。宅急便とあたりをつけて、印鑑片手に玄関へと向かうわたしが、鉄製の扉を開けたその先に、身体の至る所に擦り傷と、口の端には赤紫の痣なんて作った蘭丸を見つけて、言葉を失うまであと数秒。











足にはほんのかすり傷しか無かったけれど、腕やら首やら時には頬やらで血を滲ませる傷口を、片っ端からマキロン責めにしてやった。「いて、」「がまんして」前髪をたくし上げ、額にできた傷を消毒したところで、とうとう声をあげた蘭丸を制したわたしの声は、自分でも驚くほど震えていた。


「、何やったら、こんなことになるの」
「…おまえをいじめた奴、しめてきた」
「、え?」
「何で言わなかったんだよ」


まっすぐわたしを見つめる蘭丸の目を、まっすぐ見返せなくて、少し俯く。そのまま、口だけを動かした。「言うまでもないことでしょ」「わたしが休んでるの、それのせいじゃないし」「ちょっとおなか痛かったり、しただけで、」「そう、それだけ、」言葉は重ねる度に、どんどんわざとらしくなっていった。ついにわたしは口を閉ざして、恐る恐る蘭丸を見上げると、ぐいっと肩を引っ張られて、驚いているうちにすっぽり蘭丸に収まっていた。


「もう、いいから」


背中に回された腕が、いっそうきつくなる。「怖かったんだろ」じんわりと目の縁に溜まっていくなにかを感じた。「俺しか見てないから」わたしはとうとう、彼の学ランをぎゅっと握りしめて、一度だけ瞬く。「泣けよ」頬を伝ってゆっくり落ちた一粒が、濃い水玉となって染みていった。


「らん、まる、」
「なに」
「でも、やっぱり、わたしのせいで、けがを、させてしまうのは、もうしわけ、ない」
「いいよ、おまえだから」


くすりと笑った蘭丸が、わたしの涙を指先ですくってみせた。







空さんへ
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