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早苗が初めて鬼と呼ばれるものに出会ったのは二年前。
父から事実上の離婚を申し出られた母が、知り合いを頼って女学校の英語教師に就職が決まった日のことだった。
今でも時々、その日の惨劇はふとした時に脳裏に浮かんだり、夢として甦ってくる。

その日の昼は風が強く吹き、季節の変わり目を告げた。夜になると昼の暖かさが嘘のように冷えた空気が漂う。

二階建ての赤い屋根のこじんまりとした洋式の建物が、早苗の新居だった。
家には小さくとも庭があり、前の持ち主が埋めた椿の低木が生い茂っていた。


「…そこにいるのはどなた?」

その椿の間からきらりと光るものがある。
早苗の母、エレナが小さく声をかけた所、ぐるぐる…と犬が唸るような音が聞こえてきた。
やがて、月の光に照らされて姿を現したのは異形のものだった。

人のなりをしているが、人ではないことがわかった。顔は大きな口が縦に広がっているのが特徴的で、目は魚のように横についている。
それは姿を現すや否や、カタカタと歯を鳴らしこちらに勢いよく向かってきた。

「に、逃げて!!」

こちらに手を伸ばして必死の形相をしている母とその母を食わんとする様が、恐怖で目を見開いた早苗の目に映った。
異形のものは遂に追いつき、母の顔をグワッと掴み、そして…-------


「…やめてぇぇぇぇええ!!」

大声を出したお蔭で、早苗は悪夢から目が覚めた。
飛び起き、落ち着かせようと深呼吸をする。

すると、早苗の左手にある障子が勢いよく開く。

「どうした、早苗!」

隣室にいた杏寿郎が、早苗の叫び声を聞きつけたのだった。左手には刀剣を持ち、今にも抜刀しそうだ。
彼はつい先程、里に到着し就眠していた筈だった。
多忙の中、刀剣を修理しに来訪した彼を起こしてしまったことに早苗は申し訳なく思い、詫びをいれる。

「だ、大丈夫…。夢見が悪かっただけ…」
「…長いこと魘されていたようだ」
「…あの時の…、はじめて鬼を見た日の夢をみた」

杏寿郎は刀を置くと、顔を俯かせた早苗の横に座り直した。



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