M県S市。
その市内にある杜王町という町こそが、白石美登里の新しい住まいだった。
彼女が生まれたのは日本の首都東京であったが、中学2年の終わりに父親の転勤が決まった。
それからの事は、美登里はあまり記憶に残っていない。
何しろ高校受験が始まる前の時期で、自分は勉強するのに手一杯だったからだ。
てんやわんやと母親が1人で気丈にも引越しの準備に勤しむのを、美登里は少しだけ罪悪感を抱きながらも受験勉強に励んだ。
美登里が挑んだのは、これから住む予定のS市内の杜王町にある、ぶどうヶ丘高校を始め通学出来る範囲にある高校であった。
2つか3つ父親が熱心に調べあげてくれた、彼女にとって適当な高校だった。
お父さんも仕事で忙しいだろうに…と美登里は、感謝とプレッシャーの狭間にいた。
父親は裁判官という職についているからか自他ともに厳格な人であるが、プライベートな面になると、厳しさの中に不器用な優しさを持っていた。
美登里はそんな彼を心から尊敬していたし、そして決して乗り越えられない完璧な存在だとも思っていた。
それまで通っていた都内の中学校から、ぶどうヶ丘中学に転校したのは中学3年の3学期だった。
受験生という立場を考慮して先に父親が杜王町に転居して、後から美登里と母が東京から杜王町に越すという手筈となっていた。
杜王町にはこのぶどうヶ丘中学、そして附属である高校の2校があるのみだ。
であるから中学で同級生になったクラスメイトは少なからず「知り合い」ともなる。
中学3年の3学期という比較的珍しい時期に転校してきた美登里は初日から注目の的になった。
クラスメイトの女子生徒は美登里が東京から来たというだけでも十分魅力的であるようで、何かしら話題を求めてきた。
しかしチヤホヤとされたのは初日から2日間のみだった。まあ当然の事であるが高校受験という試練が中学3年の時期に重くのしかかり、クラス全体の空気は少しピリピリしていた。
美登里は正直ほっとした。
正直にいえば杜王町は仮の住まいで、いずれは東京に戻るだろうと思っていた。
であるから、この町の人々とあまり関わるのは良くないと思っていた。
今思えばとても失礼な事だったと思う、と美登里は今でも当時の事を思い返してはこう反省する。
そのような美登里の杜王町への消極的な思いはある日、熱にうかされ続けた数日間でがらりと変わる。
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