小説 | ナノ

行くぜ野郎ども!という大声が後ろから聞こえた。発したのはなぜか顔に傷がある男の子だった。よく見ると顔が赤いように感じる。商店街で叫んだ事が余程恥ずかしかったのだろうか。彼の後ろに居る友達らしき少年たちと和気あいあいと話している。
たぶんこの近所の海王学園の子だろう、そこのサッカー部のユニフォームを着ていた。彼はずんずんと私の居る喫茶店へ入って来て深呼吸した。なんだ、ここでも叫ぶのか?と周りのお客さんもひそひそと話している。私はとりあえず傍観しようと思い、携帯を開いた。ところで、不意に少年の声が私の名前を呼んだ。なんで知っているのだろう、そんな考えが廻った時、周りから凄い視線をあびている事に気づく。うわあ、恥ずかしい。

「な、なにか?」
「あ。あの。」
「はあ」

私への声は意外にも小さいものだった。彼は先ほどから、あの、とかその、とかを繰り返している。そのうちにもどんどん野次馬は増えているわけで。同じ学校の子たちは隅の席に座りにやにやとこちらを見ているようだった。

「俺、あなたのこと」
「え」
「好き、なんだ」

真っ赤になりながら伝えてくる言葉がくすぐったい。こんな公衆の面前で告白されたのは初めてで、なんて答えようかも迷うところだった。周りも息をのむ。彼は顔を林檎のようにさせて自らの手を差し出した。
彼は私を知っているようだけれど、わたしは彼を知らない。こんな周囲が居て断るのは確実に私は悪役だ。多分性格も悪い子ではなさそうだし、と考えて、私は彼の手を握る。

「友達から。ってことでもいいかな?」

そう伝えれば彼は少しだけ目に涙をためて、やったぜ野郎ども!と叫んだ。そのあとやったぜポセイドン!とわけの解らない生物を背中から出した。なんだこれ。
その後彼の名前が浪川くんだという事を聞いて、お互いのメールアドレスと番号を交換した。周りがかなりにやついていたようだけれど気にしない。もちろん彼から毎日のようにメールがとどき、数か月後には付き合う事になるのだけれど、それはまた別の話である。


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