×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




今だから





どこまでも広く、何もない真っ白な世界。
ぽつんと存在する一脚の椅子。物憂げに腰かける星の王。

明確な理由などないが、今日だけは誰とも顔を合わせたくないと心を閉ざした。
否、理由ならばある。ただ、認めたくないだけだ。

人間とは欲深い生き物だと、つくづく思う。
その卑しさを、浅はかさを、嫌悪しているはずなのにと。
結局は無い物ねだりなのだろう。

今になって自身も所詮は “人” なのだと理解し、ハオは自嘲気味に嗤う。



「……こんなの、ただの気の迷いさ」



そうであってほしいと思う。

やけに長く感じる “今日” という時間。
今まで特別気にする事もなかった5月12日。
肉体を捨て去り、神となった己には微塵も関係ない、ただの一日。
それが、どうしてこんなにも寂しさと羨ましさを抱かせるのだろうか。



「……………ォ………ハ………」

「……葉か…?」



静寂の中に届いた、己に呼びかける声。
ハオは一瞬迷ったが、目の前に葉の姿を映し出した。



「ハオ、聞こえるか?聞こえてたら返事してくれんか。ハオ、ハオー?」



家の屋根に登り、夜空に向かって話しかける葉が見える。
何度も、何度も呼びかける弟の姿が。

誰とも顔を合わせたくないとは、思っている。
だが、この少年は己と血を分けた半身。己を “兄” と呼んだ、家族。

ハオは一つ溜息を吐くと、少年の元へと降り立った。



「ハオー寝てんのかー?」

「うるさいよ、葉」

「ぅわぁっ!? い、いきなり背後に立たんでくれ!」

「お前が呼んだんだろ」



驚きよろめく葉の腕を掴み、ハオは不機嫌そうに顔を顰める。
屋根から落ちそうだったのを助けてくれたハオに、葉は サンキュー と笑った。



「何か用か?これでも忙しいんだけど」

「ワリーワリー。忙しいとこすまんが、少し時間くれんか」

「……少しだけだぞ」



ハオの返事を聞いた葉はその場に腰を下ろす。
仕方ないと言いたげに溜息を吐き、ハオも隣に腰かけた。

数時間前に降っていた雨は上がり、雲間から星が見える。
そこに意味などないはずなのに、二人は星を見上げていた。



「なぁ」

「何だい」

「誕生日おめでとう、にいちゃん」

「………!?」

「もしかすっとオイラしか言えねーんじゃねぇかと思ってよ」

「……僕はシャーマンキングだ。もう歳を取ることはない。その言葉に、意味なんか」

「あるだろ。確かに死んじまってるから肉体は年取らんけど、魂は生きてんだからさ」

「………」

「ハオがオイラのにいちゃんってわかってんのに、オイラだけ祝われるんは…なんか、嫌だったんよ。抜けがけみてーでさ」



ハオは黙る。

生まれた日を祝福される事への羨ましさ。歳を重ねる事のなくなった少しの切なさと寂しさ。
まるで心の内を知られているのではないかという錯覚と既視感。



「今はこんな感じだけどさ、ちょっと何かが違ってたら、今とは全然違う “未来” だったと思うんよ。オイラが先に産まれてたら今 生きとらんかもしれんし、ハオもシャーマンキングになってなかったかもしれん。なんとかなるって思えるようになっとらんかったら、オイラは周りの奴らを殺してたかもしれん」

「……だが、そうはならなかった。良くも悪くも、僕とは違う生き方を選んだんだ」

「そうだな。だが初めから力を持ってたら、ハオみたいに生きてたかもしれん。全然違うようで、オイラ達はやっぱ似てると思うんよ」

「───そんなこと、ないだろう」



自然に寄り添う暖かさに戸惑う。
醜いものばかり見てきた瞳には眩しすぎる小さな焔(ほむら) 。

全知全能の神になってさえ、人の心だけは不可思議だ。
些細なことで喜び、傷付き、色を変える。


全ての事象は表裏一体だと思う。
善も悪も、白も黒も。
それでも否定したくなるのは、肯定の重さを知っているからだろう。

未知を生きる命と、未知に生きる魂。
触れれば簡単に壊れてしまうシャボン玉のような境界線。


“自分” と同じであってほしいと願った “自分” は もういない。
異なった道を生きているからこそ、己と似ているなど言わないでほしい。
無意識の意識が心を複雑にさせる。



「話しはこれだけか?なら僕はもう還る」

「ハオ…」

「……今更その節目を祝う事に何の意味がある」

「───今だから、ではありませんか、葉王様」

「「 !!! 」」

「マタムネ!」

「葉さん、此方から会いに来てしまい申し訳ない。見守るだけにしようとは思っていたのだが」

「マタムネ…何故、此処へ……」

「このマタムネ、御二方の生誕を祝福致したく。無礼を承知で参りました」



そう言うと、ねこまた姿のマタムネはにっこりと微笑んだ。

こうして顔を合わすのは初めてのこと。
マタムネはゆっくりと、目に焼き付けるように二人を見つめる。
そして静かに、諭すかのように言葉を紡ぎ出した。



「葉王様。ようやく全てのしがらみから解放された今だからこそ、その御魂を祝福される事に意味があるのではないでしょうか」

「………」

「───千年。長かったですね。小生を救って下さったのは、葉王様と葉さん。その御二方の生誕を祝福出来る事、至上の喜びでございます。 ……葉さんが葉王様を祝福する事、とても意味があるとは思いませぬか」

「……ああ、そうかもしれないな。今だから……その言葉を受け入れていいのか」

「はい。おめでとうございます、葉王様」

「…ウェッヘッヘッ。相変わらずマタムネの言葉は難しいな」

「ふふ… 葉さんの人生はこれから。少しずつ知っていけば良い事ですよ」

「そっか。 ───おめでとう、にいちゃん」



柔らかな瞳に自分が映り込む。
星を隠す雲が晴れ、月の輝きが表情を覆っていく。



「……ありがとう」



ポツリと。
消え入りそうなほど小さな声で呟いた。

嬉しそうに笑う葉とマタムネに背を向け、風に攫われるようにキラキラと輝きながらハオは姿を消していく。



「───葉」

「んぁ?」

「誕生日おめでとう」

「………! …ウェッヘッヘッ…… サンキュー、にいちゃん」

「馴れ馴れしく呼ぶな」

「わかったよ、にいちゃん」

「ふふふ…… おめでとうございます、葉さん」

「サンキュー、マタムネ。またな、ハオ」



最後にそっと振り返ったその瞳に映ったのは。
満天の星を散りばめた、満足そうな優しい笑顔だった。



憎しみも 哀しみも 怒りも 孤独も
貴方様を蝕む楔(くさび)から解放された 今だからこそ
その御心に届く 今だからこそ

尊き御魂へ
謝恩と祝福を捧ぐ



5.12 Happy Birthday






[ 2/2 ]



[*prev] [next#]
[しおりを挟む]



戻る
TOP