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1999年5月11日 夜



恐山を離れ、比叡山へと向かっている螢とハオ。
陽はとうに沈んでおり、いつもならば眠りについている時間だが、二人はまだ起きていた。
正確には、眠気を我慢して起きている螢にハオが付き合って起きているのだが。



「寝ないのかい?」

「もう少し…起きて、たい…」

「随分眠そうだよ」

「…大丈夫……」



目を擦りながら睡魔と戦う螢の様子に、ハオは苦笑する。
何をそんなに頑張っているのかわからないが、それなりの理由があるのだろうと思い、あまり深く聞かないようにした。
必要であれば話してくるし、聞かれたくなければ心にすら思い描かずはぐらかされてしまうのだ。

しばらく他愛ない話をしていた時、螢の携帯電話が鳴った。



「ハオ!」

「どうしたんだい?急に元気になったね」

「お誕生日、おめでとう!」

「───!」



アラームを消した螢はハオの左手を両手で包み込み、柔らかい笑顔でそう言った。

日付が変わり、今日は5月12日。
ハオと葉の誕生日。

螢は早く祝いたくて、無理して起きていたのだ。
今世に生まれたハオの14回目の誕生日。初めて当日一緒にいられるのだから、と。

ハオは螢の思いを知り、驚きで固まった。
己の生まれた日を誰かに祝福されるなど、復讐に囚われてから初めての事だった。



「ずっと言いたかったの。 ───生まれてきてくれて、ありがとう」

「!!!」

「プレゼント、用意出来てなくてごめんね。今日1日はハオがやりたいこと全部決めていいよ。ワガママ言って、甘えて?」



真っ直ぐ優しく笑いかけてくれる少女に、少年は胸が締め付けられたように苦しくなった。
14年前と同じ “姉” の想いを貫き続けてくれている優しさと愛情に、例えようのない嬉しさと愛しさが込み上げる。
同時に、“弟” 以上に見てほしいと辛くもなった。



「………ありがとう、螢」



握られる左手を切なそうに見つめ、ハオはポツリと呟いた。
その小さな声はきちんと螢に届いており、どういたしまして、と言葉が返ってきた。

ハオは顔を上げ柔らかく笑い、右手で螢を引き寄せる。
ギュッと抱き締め、少女ごと横になった。



「…このまま寝ようか」

「フフ… うん。おやすみなさい、ハオ」

「おやすみ、螢」

「いい夢を……」



眠気が限界を越えていた螢はすぐに眠りに落ちた。
ハオは抱き締める腕の力を少しだけ強め、そっと瞳を閉じる。愛しい温もりが離れていかないように願いながら、微睡みに落ちていった。




























陽が上り、柔らかな光がテントへと差し込んできた頃、ハオは螢より先に目を覚ました。
眠りについた時と変わらず、腕の中には愛しい温もりがある。それだけで、ハオの心は暖かさに包まれた。

慈しみの眼差しで螢を見つめ、そっと頬に触れてみる。
瞬間、嬉しそうに頬を緩め、その掌に擦り寄るように身じろぐ少女に、少年は長いこと忘れていた幸せを微かに感じた。

頬から手を離し、優しく頭を撫でる。
月のような柔らかいブロンズの髪は、陽の光を浴びてキラキラと輝いているように見える。



「ん……」

「…起こしてしまったかな?」

「ハオ…おはよ……」



ゆっくりと目を開け、少し掠れた声で挨拶をした螢は優しく笑い、ハオにギュッと抱きついた。



「ああ。おはよう」

「お誕生日おめでとう…」

「…ありがとう」

「けっこう前から起きてた?」

「いや、そうでもないよ」

「そっか。何かやりたいことある?」

「そうだな……」



螢の問いかけにハオは思案する。
特別なことをしてほしい訳ではない。強いて言うなら、過ごしたことのない “当たり前の日常” を過ごしたい。



「…デート、しよう」

「デート?」

「ああ。シャーマンファイトの事とか考えずに螢とゆっくり過ごしたい」

「うん。わかった。着替えてご飯食べに行こうか」

「そうだね」

「けど…」

「どうかしたかい?」

「その…人混みとか、ツラいでしょ?大丈夫…?」



螢の言葉にハオはくすりと笑う。

螢はハオと共にいる時には、なるべく人がいない場所を選びながら行動している。
嫌でも流れ込んでしまう “声” を少しでも減らそうと気にかけているのだ。



「大丈夫だよ」

「…うん。ツラかったらすぐ言ってね」

「ありがとう」



起き上がり、着替え始める。
螢は顔を真っ赤にして慌ててテントから出ていき、その様子にハオは笑った。






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