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第19廻 その娘、傍観





1998年 冬
元・民宿『炎』



「……? なんだ、今の不快感は……?何故かまん太の悲鳴が聞こえたような気がしたが…」



静かな夜に不穏な空気が漂い、肌が粟立つような悪寒が走る。
気のせいかと葉は思おうとしたが、同じように感じた者が他にも。



「拙者も今 感じたでござる!おそらく葉殿と同じ感覚を!」

「なんだって!? それじゃまさか まん太の身に何か!? でも、こんな感じは初めて受けたぞ」

「特定の霊感を持つ者同士は、どこかで気持ちの通じ合うもの」

「!」

「それはつまり “星からの悪い知らせ” 。日本では一般に “虫の知らせ” と言われる現象。あたしも感じたわ」

「なんですと、アンナ殿」

「ていうかお前ら、ここに集まるな!」

「螢を巻き込むわけにはいかないわ。どうするか考えましょ」



部屋で寝ている螢を起こさぬよう、三人はなるべく静かに会話する。
とにかく助けに行かなくてはならないという葉の言葉に、家の外から返事が戻ってきた。

外へ飛び出した三人の前にいたのは、木刀の竜とその仲間達であった。



「…起きておるのじゃろ」

「まぁね」

「連日手のかかる奴らじゃな。まだ熱は下がっておらんのだ、行くでないぞ」

「うん」



今の身体で無理をすれば熱も長引くだろう。
最悪の場合にならない限り、螢は傍観することにした。


面倒なことにならなければいいんだけど…


螢はそっと溜息を一つ零し、視線を外へと向ける。





























「拙者に恨みがあるか知らんが、人質などとったところで意味はない。まん太殿に手を出してみろ。それより早くお主を斬るぞ」

「……けっ。かっこつけんじゃねえよ阿弥陀丸。それじゃてめェはこの身体を斬れるのか?この借りモンの男子の身体をよォ」

「フン… どこまでもコソクな奴め。ならばお主自身を斬るまでもない。その大事そうに抱えているお主の武器をへしおり戦う術をなくしてやれば、それですむ」



木刀の竜に取り憑いているのは、600年前の盗賊・トカゲロウ。
阿弥陀丸に斬られ命を落としたことをずっと恨み、復讐のために己の声に気付いた竜の身体を利用しているのだ。

人質に取られているまん太は、トカゲロウが持っているものを知っている。
それが阿弥陀丸にとってどれだけ大切なモノかも。

なんとか口を塞いでいたガムテープを剥がすことに成功したまん太は、阿弥陀丸に向かって叫ぶ。



「だめだ阿弥陀丸!! だってこの刀は…!!」

「ガキ…!! てめェ、余計な事を言うんじゃねェ!!」

「まん太!」

「おのれ、きさま!」

「葉!!」



トカゲロウに殴られたまん太は地面へと叩きつけられる。
駆け出した葉に向かってアンナは木刀を投げ、すぐさま阿弥陀丸と憑依合体をした。



「この刀は!!! 春雨なんだよ!!!!」



まん太は必死に叫ぶ。
阿弥陀丸と喪助の友情の証。その友情を知っているからこそ、必死だった。

すでに飛び上がって刀を叩き折ろうとしていた二人は戸惑う。



「もう遅えよ。トカゲ剣法」

「…!!」

「ヌキウチ!!」



トカゲロウはニィ…と笑い、葉の身体を斬りつけた。



「ちっ… こいつぁ驚いたな。流石は阿弥陀丸。よくあの体勢から かわしたもんだぜ」

「バ…バカな… 何故お主が春雨を…!?」



間一髪のところで凶刃を避けた阿弥陀丸は、トカゲロウの手にあるのが春雨と知り動揺する。
葉の身体は薄皮1枚斬られた程度で済んだものの、トカゲロウの “復讐” の意味を知り、絶句した。



「フン… 低俗霊め…」

「怨霊の一歩手前だねぇ…コホコホッ」

「妾が黙らせてきてやろうか?」

「ダメだよ、狐珀。救われない魂を救うのがシャーマン。あの子達に任せる」

「……身体を冷やすぞ。起きておらずとも其方ならば “視える” じゃろ」

「はーい」



螢は素直に布団に潜った。




























木刀の竜の身体を行動不能になるまで痛めつけるか。
人質とされたまん太を見捨てるか。
春雨を破壊するか───

阿弥陀丸は選択を迫られる。
“人” か “物” か。比べるものではない。
しかし、阿弥陀丸にとって “春雨” はかけがえのないモノ。

600年前の喪助との思い出が過ぎる。


すまん、喪助───



「答えなら初めからわかりきっている。 真空─── 仏陀斬り!!」



大切な刀を破壊した。
その事実にトカゲロウが狼狽する。

仲間を守るために強くなった阿弥陀丸と、生きることに執着したトカゲロウ。
600年 待ち続けた男と、600年 恨み続けた男。

もう諦めて楽になれと諭す葉の言葉を拒絶し。
隠し持っていたナイフをまん太へ振り下ろす。



「この世は奪るか奪られるかだ。てめェらみてェに仲間だなんだと甘ェ事 言ってる奴らにゃ、しょせん渡っていけねェんだよ!!」

「いっ、いやあ───っ」

「だからお前は…阿弥陀丸に負けたという事が、まだわからんのか。それどころか木刀の竜にさえな」



葉にはわかっていたかのように。
それまで黙って見ていた竜の仲間達が、力ずくで止めに入った。



「もういいかげんにしてくれよ竜さん!! “殺す” だなんて何考えてんだ!!」

「!」

「確かに竜さんは乱暴者でみんなに嫌われてるけど…!少なくともオレ達には優しかったじゃねぇか!」

「!」



男達は訴えかける。
霊に取り憑かれているという状況を理解していない彼らは、それでも必死に。

自分達には優しくしてくれるじゃないか、目を覚ましてくれ、と。

オレ達、仲間じゃねェか…

そう言ってくれた竜に戻ってくれ、と。



「…いい仲間を持ってるね、あの人」

「傍迷惑極まりないがな」

「まぁ取り憑かれちゃってるから」

「荒くれ者には変わらん」

「そんなに毛嫌いしないの」

「妾は…螢さえいれば良いのじゃ…」

「そんな哀しいこと言わないで?おいで、狐珀」



布団へ潜ってきた狐珀を抱き締める。
未だ癒えることのない心の傷まで抱き締めるかのように。



























「こんな救いようのないバカは…あたしがさっさと地獄へつき落としてあげるわ!!」

「だめだアンナ。そのままそいつをあの世へやっちまったら、一体誰がそいつを救うんだ?」



決着をつけようとするアンナを葉が止める。
救われない魂なんかない、トカゲロウも救ってやると、葉は自らの身体を差し出した。

納得がいかないと立ちはだかる阿弥陀丸すら位牌に閉じ込め。
誰も傷つかずに解決すると笑みすら浮かべて。

葉の身体に、トカゲロウが取り憑いた。



「うそ… あのバカ、本当に身体を与えるなんて…あたし、てっきり身体に入れたトカゲロウを逆に支配するものとばかり思ってたのに…」



現実が受け止めきれないアンナは、泣き出した。
葉が、殺されてしまうかもしれないと。



「───螢」

「大丈夫だよ」

「ったく…信じられねェよな…」

「!」

「なんでこいつは…オレのためにここまで出来るんだよォ…」



トカゲロウが涙を流す。
理解できない気持ちが、トカゲロウの狂気を止めた。



「葉殿の言っていたトカゲロウの本当の未練とは、拙者への復讐ではなかったという事か… それはおそらく “信頼” という心の安らぎの場所を求める想い… かつてトカゲロウがただ一度だけ感じた “母への想い” に似た───…」



静かな夜に始まった復讐という名の戦いは、誰も傷つかずに終わりを迎えた。



「仲間…か…」

「ああ。ダンゴはみんなで食うから うまいんだよ」



ガラッ

大きな音を立てて2階の窓が開く。
その場にいる誰もが見上げると怒りを露わにした螢の姿が。



「いつまでやってるの!早く寝なさいっ!」

「ゲッ!! ごめんなさい!!」

「もっ、申し訳ござらん!!」

「終電ないんだから、そこのあなた達もさっさと家に入る!気を失ってる彼も運んで!」

「ひぇっ!すんません!!」

「こっちは具合悪くて寝てるのよ。勝負がついたなら静かになさいっ!!」

「はい…」

「こ、怖っ…」



バンッと音を立てて窓を閉める。
その顔は、微笑んでいた。



「役者じゃな」

「ふふ、そうかも」



騒々しい夜は、幕を閉じた───








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