さよならの在りか
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強い力で肩を掴まれて、驚いて振り返ればそこには息を乱した錫也がいた。

「こんな、…とこにいた…っ」
「っ、」

驚いて、驚きすぎて、名前さえはっきり呼べない私に困ったように笑うその顔はいつも通りのそれで。
隣いいか?と聞く錫也に小さく頷くことしかできなかった。

どうして、ここにいるの?
なんで、汗までかいて探してくれてたの?
そんな、そんな、付き合ってたときと同じようなやさしい笑顔を向けてくれるの?
わかんないよ、錫也。


「…名前」

名前を呼ばれて、錫也の手が私の手に重なった。
触れ合った体温に錫也の必死さが伝わってくるみたいだった。
ねえ、錫也。
こんなのおかしいって、気付いてる?

「名前」
「………」
「もう、錫也って、呼んでくれないのか?」
「っ」

悲しそうな声がすぐ隣りから聞こえた。
今すぐ呼んであげたい。
錫也って、そう呼んで、錫也に安心をあげたい。
でも、駄目なの。
昨日までとは違うから。
私はもう、錫也の彼女にはなれないから。
それを気付かせたのは他でもない、私自身だ。

「…呼べないよ、もう呼べるわけないじゃない」
「どうして?」
「それを、聞くの?」
「名前、」
「私に、言わせるの?」

我慢できなくて、錫也を見上げた。
こんなのひどい。
なのに、どうして?

「なんで、錫也が泣きそうな顔してるの?」

泣きたいのは私のほうじゃない。
なのに、なんで?
なんで笑うの?

「やっと、…名前呼んでくれた」

バカみたい。
たったそれだけで、そんな顔して笑うなんて。

「……めて……やめてっ」

重なった手を振り払った。
こんなの、駄目。
こんなの、違う。

「今さら、」
「今さら、か?もう遅い?」
「っ」

今度は振り払った腕ごと包み込みように、抱きしめられた。
あったかくて大きな腕に包まれてしまった。

「っ…好きだ」

たった一言。
叫ぶように、ぶつけるように吐き出された声は、今まで聞いたこともないようなものだった。

「名前がいなきゃ、うまく笑えない」
「……ばかっ」
「ああ、ホントバカだよな」
「……私なんかずっとそうだった!」
「…うん」
「錫也がいなきゃダメなんだから」

錫也がいなきゃ、息もできない、
ねえ、ホントだよ?
それを伝えたくて、抱きしめてくれる手をぎゅっと握りかえした。






錫也がそっと体を離して、じっと視線を合わせようとしてくる。
名前を呼ばれて、それに応えるようにその目を見つめ返した。

「俺、どっちが大切かって聞かれたら、やっぱりどっちも選べない」

一言、一言、慎重に言葉を選んで私に伝えようとしてくれる。
それをひとつひとつ、理解したいと、今なら思えた。

「それでも、俺はおまえを離せない」
「……うん」
「だから、離さない」
「……うん、」

最後はもう涙声。
ちゃんと錫也に届いたかさえ分からない。
だけど錫也ならわかってくれたって信じてる。
今なら、信じれる。

「また、怖くなって不安になっても、そう言ってね」
「ああ」
「錫也の腕の中に、いさせてね」
「ああ」

私がばいばいって言っても、その度に背中を向けても、こうしてちゃんと引き止めてね。
その腕で。
その声で。
離さないでね。



end



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