嫌いな人間なんていない。
人を嫌うのは、思うより疲れる。
そんな一種怠惰ともいえる自分の性質なんてとっくに理解していたし、嫌いな人間なんかいないに越したことはないと思っていた。結局、それはとんでもない間違いだったのだけれど。
世の中には好きな人間と、それから無関係な人間の二種類だ。わざわざ嫌いな人間に分類せずとも少しでも気が合わないと思ったら自分の世界から弾いてしまえばそれでジエンド。当たり障りない関係、距離感を保ちながら下手ないざこざを起こさないのが最善。「嫌い」だなんてそんな積極的な感情を以てではなく無関係に分類すればそれで解決。立たなくていい角も立たずなにも問題はない。
弱冠7歳にして悟ったそんな事勿れ主義を掲げ続けて8年。中学時代のチームメイトたちに散々おかしいありえないと言われ続けたその意味を、彼らと分かたれた今になってやっと理解したのだった。
嫌いなものは嫌い。無関係だとも割り切れない。無関係とするにはあまりに彼に対する感情は自身驚くほどに強烈で。
―――嫌いだ。大嫌い。
僕は、花宮真という人間が嫌いなのだ。
労力を費やしてでも嫌いたいくらいに。
*
「…不愉快です」
「奇遇だな?俺もだよ」
「だったら来なきゃいい。何をしに来たんですか、何度来てもあなたを許す気なんてありませんよ」
「許す?馬鹿じゃねえのか、誰がお前に許しなんか乞うかよ」
正門を行き交う部活終わりの生徒たちがちらちらとこちらを気にするそぶりを見せながら横を通り抜けて行く中、構わず喧嘩腰の相手につい黒子もムキになった。
「それが気に障るんだって、わかりませんか?僕はあなたの顔なんか金輪際見たくはないし声だって聞きたくない。できれば死んでほしいとすら思います」
「同感だな。お前のその澄ました面を歪ませたいしほっせえ首をこの手でへし折ってやりたいさ」
言いながら黒子の首に手を伸ばしてくる花宮を、微動だにせず睨み返してやればその手はするりと首を撫でて去っていった。
半瞬後、聞こえた舌打ち。
なんの反応もない黒子に苛立っているのが手に取るようにわかる。
「理解できない」
「こっちの台詞だ」
「僕がいつあなたを嫌いに行きましたか?わざわざ嫌いに来るあなたが理解できないと言っているんです」
理解できない。
嫌いなら会いに来なければ良いだけの話だろうと思うのに。
でも、そうしてやってくる彼を理解できないと言いながら無視できない自分も同じようなものなのかもしれないとふと思った。
同類だなんて死んでも御免だけれど、ひとつだけ理解できる。
嫌いだから会いたくない黒子と。
その顔を歪ませたい、と言う花宮と。
つまりはこれも二人の相違。
(とことんまで気が合いませんね)
「嫌いだって実感するために来るんだよ」
「そうですか、僕は嫌いだなんて厳然たる事実をわざわざ確認する必要があるとは思いませんね」
「はっ、そりゃ俺の勝手だ」
嘲笑。
なにを意味するのかわからない理不尽なあざけりを受けても腹が立たないくらいには僕は彼のことが嫌いなのだ、と自分の中にある唯一の激しい感情を抑えて思う。
「木吉先輩に誠心誠意謝る気があるというなら別ですけれど」
ただ謝ったからといって許すかどうかはまた別の話ですけどね、と心の中だけで付け加えると、花宮は喉の奥でまた低く笑う。
それでも、たとえ花宮の口先だけの謝罪でも、木吉はあの大雑把とも見える規格外なおおらかさで許してしまうのだろうということもわかっていた。だから謝罪なんて本当は聞きたくもないのだ。
「なんで俺が謝るんだよ。だいたい思ってもねえこと言うな」
「ごもっともです」
こういう所も気に食わない。
まるで見透かしたようなことを言うから。
「それに、お前が俺を許すってんなら尚更謝りたくねえな」
端から謝る気などないくせに尚更もなにもないだろう。無意識の内に顰めていた眉間を指で小突かれて、やっと自身の渋面に気付く。
「わかってんだろ?俺はお前が嫌いだから、お前が俺を見て嫌な顔をするのが愉しくて仕方ねえんだ。頼むからその愉しみを奪ってくれるなよ?」
にやりと口を歪める花宮に顎を掴まれ強引に上向かされて、眉間のしわが知らず知らず深まるのを感じつつ顎に掛けられたその手を振り払う。加減なくわしづかみされた頬骨がずきずきと痛んだ。
「あなたを愉しませるのはこの上なく癪ですが、言われなくても僕があなたを嫌いでなくなる日は来ませんよ」
「そりゃよかった」
黒子が叩いた手をひらと翻し、しかし性懲りもなく伸ばしてくるのを苦渋の表情で迎えれば、笑いながらその手を黒子の細い首に掛けた。少しでも力を入れれば折れそうだ、とキセキたちにもよく言われた黒子の。
「…何か?」
「絞めたら、もっといい顔するのか?」
「意地でもしません」
「そうかよ、じゃあ」
これなら?
不敵な笑みを形作る唇が近付いてきて、触れる瞬間に捕食者の瞳がぎらりと光った気がした。
抵抗する間もなく口づけられ呆然としている間に好きなように貪って離れていった、今の今まで自分のものと重なっていたらしいそれを目の前にして反射的に拳を握る。
「…っ、!」
「…っは、いいじゃねえか。その顔が見たかったんだよ」
「な…にす…っ、」
振りかぶった拳はいともたやすく受け止められてしまった。行き場のない憤りばかりがふつふつと沸いて溜まっていく。
「……っ、…ふざ、っ」
「またな、木吉によろしく?」
「二度と来るな…!」
―――嫌いだ。大嫌い。
僕は、花宮真という人間が大嫌いだ。
好きと嫌いは紙一重とは誰が言ったものだったろうか。
―――冗談じゃない。
触れられた箇所には不快感ばかりが渦巻いて、口づけられた唇はあまりの気色悪さに噛み締めたせいで口腔には鉄の味が広がる。
去っていく背中を見つめながら、ただただ思うのは精々が刺殺願望だけだ。
この感情を憎悪以外の何と名付けられようか。
(『憎いほど愛してる』?くだらない)
Fin
―――――
あわわわ、シリアスにならなくてすみません…!!黒子っちどんだけ花宮嫌いなの…!!
嫌い合ってる花黒、ということで書いてるわたしはこの上なく楽しかったのですがリクエストに沿えているのかどうか…´`
気に入らないようでしたらいつでも書き直し受け付けてますので遠慮なくお申しつけくださいませ
莉夢さま、リクエストありがとうございました^^!
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