||狂笑の影


大好きな人がいた。花のように咲く笑顔が可愛くて、お人形のような体躯をした少女だった。しかし彼女は手塚の恋人。そしてその事で他の女子にいじめられているというのを俺は知っていた。そんな彼女から泣きながら相談を受けるようになったのは、一体いつからの事だったか。表にはあまり出さないが、どこか愛らしかった彼女の表情に狂おしい感情が生まれていっているのは確かだった。それでも彼女は俺にとって愛しい存在。いっそこのまま俺のところへ来れば楽なのにと、そう思うけれど彼女の心は手塚にしか向いてくれないようだった。

「不二・・・っ、辛い、よ」

彼女は泣いていた。放課後の屋上で。部活はもうすぐ終わるだろう、俺は早々と抜けてきたからここにいられる。彼女は泣きながら、今日あったいじめの事を語った。もう聞き慣れてしまった内容ではあるが、相変わらずおぞましい事をするものだ、女子というものは。それに耐え続けている彼女は本当に強い。何度別れろと迫られても、何度傷をつけられても、最後には笑って手塚の隣に戻ってしまう。彼女が笑うだけでそれまでの涙も何もかもが完璧に隠れてしまうのだ。だから手塚は2ヶ月経った今でもいじめに気がついていない。

「もう、手塚とは別れた方が良い」

いつものセリフだ。彼女はそれに何も言わず、ただ涙を流し続ける。しゃくり上げる声が胸を締め付けた。

「俺がいじめを止めようか」
「・・・っ、いい」

どうしてこうも、彼女は頑固なのか。俺も彼女のいじめの実態を知っているというだけで、誰が彼女に手を出しているのかまでは知らない。それさえわかれば、彼女には秘密裏のまま制裁を加えられるのに。1ヶ月前から一人でこそこそと調べているが、どうも最後の決め手が得られないのだ。あと、一歩なのに。

(・・・参ったな)

目の前で泣き続ける彼女を見つめて、俺は顔を顰めた。時間がないのはわかっている。しかし事を公にすることで、彼女がどういう行動に出るのかが不安なのだ。もしかしたら、最悪、

(自殺・・・・・・)

それだけは避けなくてはならない。
眉間に皺を寄せ、考え込んだ俺に

「不二」

彼女は静かに名前を呼んだ。はっとなって顔をあげれば、彼女は涙を落ち着け、酷く静かな表情でこちらを見ていた。腕が引かれる。彼女との距離は数センチにまで近付く。心臓が自然と高鳴った。あんなにも欲しかった彼女が、今、目の前に、

「・・・キス、して」
「・・・・・・良いの、かい」

ギリギリ、理性は保たれた。ごくりと唾を飲み込んで、そう聞き返す。彼女がどうして今更俺にキスを求めるのかはわからない。でも考える暇もなかった。彼女は俺のすぐ側で小さく頷き、それを見るか見ないかの内に俺は噛み付くように口付けた。彼女は涙を流す。しかしどこか恍惚とした表情を浮かべていた。

「・・・・・・」

唇が離される。彼女の名前を呼ぼうとした俺を遮って、彼女は立ち上がった。それから俺に背を向け、大して高くもないフェンスの側へ立つ。
眉を顰めた俺の耳に・・・彼女の狂おしい笑い声が届いた。

「あは、はは、ははははっ!! 不二と、キスした! あはっ、はははっ!!」
「佑美・・・?」
「これで死ねる! これで死ぬ理由ができた!」
「え・・・・・・」

目を見開いた、瞬間。

「!!!」

彼女は狂おしい笑みをそのままに、長い黒髪を影のように揺らしながら、

「え、・・・」

――落ちた。


狂笑の


屋上の真下、ちょうど玄関の真ん前に、彼女は真っ赤な花を咲かせた。
悲鳴、怒声、広がる騒ぎ、 俺はそれに何も言えずに、
――――――――――――
好き勝手に書きすぎた感があります。

2012/7/24 repiero (No,55)

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