||最愛の人


「はぁー・・・かっこいいなぁ」
「・・・どうかなさいましたか?」
「ううん、なんでもなーい」

思わず漏れた溜息。視線だけは彼へと向けたまま、隣に立つ柳生君に曖昧に返事を返した。
視線の先にいるのは学校中の人気者である仁王君。彼とは2年生の時にクラスが一緒で、一度だけ席も隣になった事がある。隣になる前も噂とかで彼の事は知っていたけれど、近くで見る彼は噂で聞くのとは全然違った。その声に、仕草に、私はどうしようもなく惹かれてしまったのだ。異常かってほどにね。ただの「隣の席の有名人」だった彼は、いつのまにか私の「初恋の人」に変わってしまっていた。どうせ彼は私の名前すら覚えていないだろうけれね。はー、今日もかっこいいです。

「・・・あ」

ふと仁王君がこちらを向いた。思わずどきりと跳ねる心臓。やば、ずっと見てたのばれちゃったかな。そう思ったけれど、仁王君がこちらを見たのは一瞬だけで、驚いた(ように見えた)ような顔をして、すぐに視線を元に戻してしまった。あーあ、やっぱりそうだよねぇ。私みたいな子が見てても、仁王君にとっちゃ今更か。

「切ないわぁー」
「何がですか?」
「いやぁ、なんでも」

私が視線は動かさぬまま誤魔化すようにそう言うと、視界の端で一瞬柳生君が悲しそうな顔をした。いや、直視はしてないから曖昧。ちらりと柳生君を見たが、その時にはもういつもの穏やかな笑顔を浮かべていたから気のせいなのかもしれない。

「つかのところをお尋ねしますが柳生君」
「なんでしょうか?」
「テニス部ってさ、モテるよね。いや、嫌味とかじゃなく」
「・・・まぁ、多少は女子の方から好意を寄せられる機会が多いと思いますが・・・」
「やっぱりさ。彼女とか、いたりするもんなの?」
「そうですね・・・、柳君には1年生の頃からずっとお付き合いされている方がいますし、幸村君は最近恋人を作られたようです。あとはまぁ、丸井君が1週間単位で相手を変えているようですが」
「うわ、最低じゃん。でも、って事はそこまで恋人持ちいないんだね」
「まぁ、そうなります」

彼女作んのなんてそれこそ簡単だろうに。まぁたぶん、特に柳生君とかジャッカル君とかは「好意を無下に扱いたくない」とかそういう感じなんだろうな。うん、すごくそれっぽい。っていうかそういう事にしておこう。丸井君とかの例を聞くとなんか心配になるな、うん。

「みんな彼女作れば良いのに」
「そういう貴女は作らないのですか?」
「いや、作らないってか作れないし」
「ですが告白してくる方はいるでしょう?」
「・・・ちょっとね。でも、好きな人いるから」
「・・・そうですか」

私は仁王君をじっと見つめたまま答えた。柳生君はそんな私を見つめたまま静かに笑って少し押し黙った。

「柳生君は作んないの?告白してくる人、私よりずっと多いくせに」
「・・・好意そのものは嬉しいんです。ただ、私には想い人がいますから」
「へー、誰よ」
「クス・・・、秘密ですよ」

もうちょっと詳しく聞きたいところだったけど、あんまりにも柳生君が綺麗に悲しそうに笑うものだから、それ以上は何も言わなかった。

「・・・あ、そろそろ時間だね」
「ええ、戻りましょうか」
「ごめんね、付き合ってもらって」
「いえ、私が望んでした事ですから」
「?そ、そう?ならいいや」

休み時間中、ずっとB組の廊下側の窓のところで喋っていた私たちだったが、そろそろ授業が始まることに気がつき、教室へと戻ることにした。ちなみに目的は勿論仁王君。柳生君は、B組に行くって言ったら何故かついてきてくれた。窓についていた両肘を起こして、ぼうっと考え事をしながらA組に戻る。あまりにぼうっとしすぎて、A組の扉に思いっきりぶつかってしまった。そしたらクラスメイトの皆に笑われた。ちくしょう、どうせ私はドジだよ。柳生君はそんな私を見て優しげに微笑んでいた。





「・・・った!」

ドン。派手な音を立てて私は誰かと衝突した。数歩後ろによろめき、そのまま尻餅をつく。普通に歩いてただけなのに、まったく誰だよ。角で人とぶつかるなんてどこの少女漫画だ。あー、これが仁王君だったら良いのにな、って、え?

「すまん、大丈夫か?・・・って牧野・・・?」
「あ、れ、仁王君?」

わお、まさかの偶然だったよ。仁王君に手を差し出され、戸惑いつつもそれを取って立ち上がった。やば、顔赤いかも。っていうか仁王君、私の名前覚えててくれたんだね。苗字でも嬉しいよ。

「久しぶりだね、元気?」
「お、おん・・・」

仁王君は困ったような顔をしていた。私と話すのが嫌だったのかなーなんてマイナスな思考が頭に浮かぶ。でもどうにも彼が落ち着かない様子だったから、もしかしたら急いでるのかな、なんて思った。でもなかなか彼が何も言わないのを見て、それも違うようだと思い直した。

「あの、仁王君、私の事覚えてる?」
「は?忘れるわけないじゃろ」
「そう?なら良いんだけど」

忘れるわけないだって。きゃー。そんなあほな事を考えて一人浮かれていたら、後ろから名前を呼ばれた。振り返れば柳生君。おー、柳生君じゃん、なんて軽口を叩けば、柳生君が微笑んだ。でも仁王君を見て少しはっとしたような顔をした。仁王君は柳生君を見て眉を顰めた、気がした。

「・・・?あれ」
「・・・・・・じゃあ、俺は用事があるから行くぜよ」
「あ、う、うん」
「ではまた、仁王君」
「おん」

微妙に流れた気まずい空気にうろたえていると、仁王君は私の後方、柳生君とすれ違うようにして廊下を歩いて行ってしまった。残された私は柳生君と並んで、仁王君と反対方向に歩き出した。久しぶりに話せた。名前と顔はちゃんと覚えてもらえてた。よし、すごい大収穫かも。嬉しくて口元が緩んだ。隣に立つ柳生君はそれを寂しそうな目で見つめ、そのずっと後方から仁王君は悲しそうな目でこちらを見ていたけど、私は馬鹿だから、そのどちらにも気付く事ができなかった。





「はぁー、かっこいいわぁ」

話は振り出しに戻る。いや、戻ってないけど。
翌日、私はまた昨日と同じようにB組の窓のところで柳生君と駄弁っていた。目的は昨日と変わりません。いやぁいつ見てもかっこいいね。大好きだよもう。

「・・・ん?」

仁王君がこっちを見てる。なんだろう。柳生君に用かな。そう思って隣を見てみたけれど、そしたら彼と目が合った。驚いたような顔をして柳生君が微笑み、私はそれにとりあえず笑い返してから仁王君の方へ視線を戻した。・・・って、あれいない?

「・・・牧野」
「って、わっ!?いつの間にいたの仁王君。どうしたの?」

いつの間にか近くに来ていた仁王君に話しかけられた。彼は微妙に、っていうかかなり、こわばった表情をしていた。どうしたんだろう、って思って助けを求めるように柳生君を見たけど、彼はただ悲しそうな顔をして微笑むだけだった。え、なんですかその笑みは。

「柳生、ほんまにええんか?」
「ええ、構いませんよ。・・・牧野さんもその方がきっと良いでしょうから」
「ちょっと待って、え?何の話?」

完全に2人の間で会話が成立してしまっている。私が混乱していると、仁王君が私の名前を呼んだ。驚いてそちらを見る私。気がついた時には、彼に手首を掴まれて、そうしてその場から連れ出されようとしていた。





えー、何が起きているのかわかりません。どうして私は今、好きな人と2人きりで屋上なんかにいるんでしょう。少女マンガならこの後なんかあるフラグだけども、生憎これは少女マンガではない。紛れもない現実だ。

「牧野」
「あ、はい、えと、なんでしょう」
「今しか言えん気がするきに、言っとく」
「? なにが・・・、」
「好きじゃ」
「えっ・・・、」

直後、それまでじっとこちらを見つめていた仁王君が私に近付いて、そっと私の身体を抱き締めた。突然の事になにがなんだか。でもわかったのは、仁王君が私を抱き締めてるって事と、私に好きって言ったって事。

「牧野、」

答えを求めるかのように名前を呼ばれて、直後、私は彼の背に両腕を回した。





「けっきょくこうなりましたか」

少し顔を赤らめた表情で仁王君と戻ってきた牧野さんを見て、私は小さく、悲しげな声で呟いた。貴女が幸せならばそれで良い。私は大人しく身を引きましょう。また扉にぶつかりそうになっている牧野さんを見て、やっぱり好きだな、と私は小さく微笑んだ。


の人


あなたがどうか幸せでいられますように。
――――――――――――
こちらに置いてある同じ題名のもののロングバージョンです。
リクエストをされた方が「カットしない方も見たい」と仰ってくださいましたので、短編の方に掲載しておきます。

長い上に背景設定が多い、そして甘というよりちょっと切甘気味……というわけでカットになっちゃったんですが、やっぱりgdgdですね。
ちゃんと話をよく考えてから書くべきだといつも思うのですが、実行される日はいつ来るのやら。

2012/8/14 repiero (No,62)

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