||3つの思い
◇
【舞華side】
「・・・もしもし」
電話はブン太からだった。どうせ良い内容ではない。姉と一緒にいたまま電話に出て、もし何かあったら、自分の良いように誤魔化しきれる自信はなかったから、私は一度部屋を出た。
『もしもし。愛華、いるか』
「部屋にいるけど?そんなにお姉ちゃんが気になる?」
『・・・・・・当然だろい。俺は、あいつが、』
「・・・っ、それより、用件はなに?」
『お前、愛華に色々と嫌がらせしてるみたいじゃねぇか』
「は?なに言って・・・」
『俺と遊んだだのなんだの、あることないこと吹き込んで混乱させてるんだろ?知ってるよ。お前の友達に聞いた』
「・・・誰、それ」
『仁王』
「・・・・・・ちょっと愚痴っただけなんだけどなぁ」
『もう愛華にそういうことはするな。俺があいつを巻き込んだだけだ』
「・・・・・・」
『それから・・・』
もう、いいかげん別れてくれ。
それは幾度となく聞いたセリフだった。私はそれに眉尻を下げ、唇を噛み締める。でも、その様子を決して彼に悟られてはいけない。私は無理矢理、口元に笑みを浮かべた。
「嫌よ」
『・・・ッ、もう、お前にはうんざりなんだよっ!!』
しん、と辺りが静まりかえった気がした。私は何か言い返そうかと口を開く。最初に裏切ろうとしたのは、そっちじゃないか、って。
しかしそれを声に出すより早く、背後から携帯を奪われた。
「!! お、お姉ちゃ・・・」
『・・・愛華・・・・・・?』
背後に立っていたのは、姉の愛華だった。携帯を耳に当て、私を見て、何の感情も読み取れない綺麗な微笑みを浮かべた。
誰かが息を飲む。それはもしかしたら自分かもしれないし、ブン太かも、あるいは姉であったかもしれなかった。
「こんにちは、お久しぶりですね。ブン太さん」
冷えきった声だった。普段の姉からは、想像もつかないような。そこからは確かに、姉の怒りというものを感じとることができた。
「あなたは、また嘘をつくんですか?」
「『・・・は?』」
突然の言葉にすっとんきょうな声をあげたのは、私だけではなかった。
「私だけじゃなく、舞華にまで・・・、うんざりなのはこっちですよ」
『それは違』
「なにが違うんですか?私を騙したくせに」
『・・・・・・っ』
「・・・もう、私には関わらないでください」
「『!!』」
覚悟と軽蔑と、それからあらゆる感情を込めた言葉だった。姉はそれを最後に携帯を私に返し、ごめんね、邪魔しちゃって。とそれだけ言って自室に去っていった。
・・・正直、今の状況は自分にとって都合が良かった。
姉とブン太はうまいこと疎遠になってくれたし、さしものブン太もこれで諦めがつき始めるだろう。
本当に、本当に自分にとって都合の良い状況だった。
でも。
(お姉、ちゃん)
本当にこれで良いのだろうか?
私とのけじめをつけぬ内に姉に手を出そうとした彼を、許せないし認められなかったのは事実。しかし、それは彼が私から心離れして、別れたがっていたというカップルにはありがちなものだ。ただ、その相手が姉であっただけで。
私は、姉を傷付けてしまった。あんなに優しい姉を。・・・いや、違う。ブン太の誘いに乗ったお姉ちゃんが悪いんだ。私を踏み台に、ブン太と付き合おうとして。・・・でも、よくよく考えれば、今までは私がお姉ちゃんを踏み台にしていたのに。
「も、もしも・・・あ」
電話の向こうに声をかけようとしたが、すぐに切られた。
そして今度こそ、私はひとりきりになってその場に残される。
「わた、しは」
ただただことの重大さに、立ち尽くすより他なかった。
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