||黒幕の笑み





笑みを浮かべた舞華は、ひとつ足を前に近づける。俺は自然、後ずさった。なぜ愛華との約束の場所に、そして約束の時間に、お前がいるのか。

「なんでここにいんだよぃ」
「・・・まだ気がついてないの?」

舞華が驚いたような顔をする。何が言いたい。俺は苛立たしげに彼女を睨みつける。こいつと問答をしている時間も惜しく、俺は早く愛華のところに行かなければならないのに。

「この前、お姉ちゃんに電話したでしょう」
「・・・・・・」
「声じゃ気がつかないのに、見た目じゃ気がつくんだね」
「!!」

にこり、というよりは、ニヤリと言ったほうが正しいだろう。卑屈な、何かを諦めたような顔で彼女は笑って、俺をじっと見つめていた。今まで、彼女のそんな表情は一度たりとも見たことがなかった。これは俺がこうさせているのか、それともこれが彼女の本性なのか。なんにせよ、自分が彼女に騙されていたことに今更ながら気がつき、俺はただ彼女を憎々しげに睨むことしかできなかった。

『もしもし、・・・ブン太さん』

後付けでもされたようなあの呼び方は、そもそも愛華のものではなかったのだ。電話越しの声に、俺は、舞華が愛華に成り代わっていることに気がつけなかった。・・・とすれば、その後に届いた場所変更のメールも、舞華が送ったものだろう。愛華がわざわざそんなことを舞華にさせるとも思えないし、つまりこれは、全て舞華の策略だったのだ。

「お姉ちゃんと夏祭りを満喫する前に、わたしと別れるんだって?」
「・・・・・・だからなんだよぃ」
「ねぇ、それ、本気なの?」

そう言ったとき、彼女はとても悲しそうな顔をした。それに自分が何かとても悪いことをしたような気になって、即答しようとした口が一瞬止まる。だがやがて、あぁ、と低く呟いた。途端、彼女の顔がますます泣きそうに歪む。しかしすぐに気丈な振る舞いに変わった。

「そっか。わたしより、お姉ちゃんを選ぶんだね。ブン太は」

俯きがちな視線には、夜である為かそれとも別の原因か、光がまったく見られない。間に流れた重たい空気に、ごくりとつばを飲み込んだ。

「・・・ブン太」
「・・・・・・なんだよ」
「わたし、別れないから」
「ッ・・・!!」

顔が歪む。自分が今、どんな顔をしているのかわからなかった。でも、少なくとも怖い顔ではあったんだろう。舞華が怯えるように眉尻を下げた。けれどそれはほんの一瞬のことで、すぐに迎え撃つように睨み返される。

その時届いていた愛華からのメールにも気づくことなく、それからしばらく、俺たちは互いに睨みあったまま動くことができなかった。

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