||ドミノのように





愛華はあれからしばらく泣き止まなかった。しかし校舎にすっかり人気がなくなる頃にはそれも収まり、愛華は俺に何度も謝ってから家に帰っていった。もう暗かったから送ろうかと申し出たが、彼女は悲しそうに笑ってそれを断った。

「・・・・・・」

あの笑みの正体は、一体なんだったんだろう。どうしてあんなにも、彼女は悲しそうに笑ったんだろうか。どうにもその事が不必要に気になってしまって、俺は先ほどから思考を繰り返していた。
そうやって一人歩を進め、校門を通り過ぎようとした時だった。

「・・・ブン太」

突然かけられた声に、顔を上げた。その声は愛華とよく似ていたから、まだ帰っていなかったのかと声をかけようとした。
しかし、それは喉まで出かかって消えた。・・・目の前にいたのは、愛華ではなく、舞華であると気がついたからだ。

「よぉ、舞華。まだ帰ってなかったのかよぃ?」
「ずっとブン太のこと待ってたんだ」
「・・・へ、そうなのか!?わ、悪ぃ・・・急に用事ができちまったからよぃ・・・」
「ううん、大丈夫だよ。でも・・・・・・なんの用事だったの?」
「あー・・・、大切な用事、かな」

さすがに正直に答えるわけにもいかないので、誤魔化すようにそう答えた。それに、あれは別に愛華に対して下心を持ってやった行為ではないし、あくまで善行だ。ただ、泣いている女の子を慰めていったという、それだけの。

(・・・本当に?)

頭の中で言い訳する言葉に、そんな疑問が浮かんだ。本当に俺は、ただそれだけの為に愛華を抱き締め、なぐさめていたのか。しかも、部活を休んでまで。

(・・・いや、違う。あれは、ただ・・・・・・)

そう、ただ、愛華が舞華に似ていたから。だから特別優しく慰めてやろうと思ったんだ。だって、彼女を慰めるのは、彼氏の務めだろぃ?
俺が愛華に、舞華を重ね合わせていたという、・・・それだけの事だ。

「・・・大切な用事、ね」
「・・・・・・?どうかしたのかよぃ」

俯きがちに呟いた舞華に違和感を感じて、俺は首を傾げた。何か可笑しなことでも言ったのだろうか。特にそんなつもりはなかったのだけれど。
しかし、顔を上げた舞華の表情は、酷く暗かった。

「・・・・・・ブン太、音楽室にいたでしょ。・・・お姉ちゃんと一緒に」
「・・・は?」
「部室に迎えに行ったら、いないんだもん。学校中探し回って、やっと見つけたと思ったら・・・お姉ちゃんは泣いてるし、ブン太はそれを必死に慰めてるし」
「・・・・・・・・・」
「・・・ねぇ、なにしてたの?」

舞華の言葉が、瞳が、まっすぐ俺をつらぬく。俺はそれを無言で見返し、返すべき言葉を捜した。舞華に事情を説明して、謝るべきだろうか。普段の俺なら、間違いなくそうする。こんな事で自分の恋人の機嫌を損ねたくは無い。
・・・しかし、もしそれをする事になれば、愛華の泣いていた原因も話さなくてはならなくなる。
詳しいことは知らないが、愛華が泣いていたのは間違いなく俺のせいだろう。事実、彼女は、俺の姿を見た瞬間に泣き出したし。もしそれを話せば、愛華が余計な詮索を受けるかもしれない。

「・・・別に、なんでもねぇよい」

そんな事を考える内、俺の口からは無意識にそんな言葉が漏れていた。そんな事を言ったらきっと後悔するのに、なぜか俺の口はぺらぺらと"誤魔化す為の言葉"を吐き出していく。

「なんでもないって、そんな筈ないじゃん」
「舞華には関係ないだろぃ?」
「関係なくない。愛華は私のお姉ちゃんだし、ブン太は・・・私の彼氏でしょう?」

縋るような、細い声だった。もしここで俺がノーといえば、そのまま崩れ落ちてしまいそうな、そんな印象さえ受ける。
俺はそんな舞華を見つめ、ひたすらに"誤魔化し"続けた。

「愛華とは別に何もねぇよい」
「でも、ブン太は・・・「・・・なんでもねぇって言ってるだろぃ!!」」

思わず、彼女に向かって怒鳴りつけた。しつこい問答にイライラしていたせいかもしれない。元はと言えば、悪いのは俺なのに。
舞華はと言えば、目を大きく見開いてこちらを見つめていた。俺はそれを睨み返すと、踵を返してその場を歩き去った。

後ろから呼ぶ声には、もう、振り返ることができなかった。

ただ俺の心に、深い後悔だけが黒くうずまいていた。

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