||私を囲む日常


今日は、きっと何か良いことがある。

朝起きた時から、私はそんな予感に期待を膨らませていた。根拠は何か、と言われると黙るしかないのだけれど、漠然と、けれど確かに、私はそんな予感を抱いていた。

「・・・アーン?綾乃、遅いじゃねぇか。寝坊でもしたのか?」
「おはよ、べーちゃん。別に寝坊なんてしてないよー」

朝教室に入ると、真っ先に景吾に声をかけられた。彼はこの学校の生徒会長にして男子テニス部の部長で、跡部財閥の御曹司・・・である。俺様なところはあるが、顔立ちもよく優しい彼は、当然のことながら女子からの人気も高い。ファンクラブは校内に留まらず、果ては他県にすら及ぶというから驚きだ。
さてそんな彼を、「べーちゃん」などという若干安っぽい気もするあだ名で呼ぶことが出来るのは、どこを探しても私くらいなものだろう。彼とは中1からの付き合いだが、妙に仲が良く、いつからかそんな名前で呼ぶようになった。いまだに慣れないような様子は見せるが、文句は言ってこない辺りなかなかべーちゃんも可愛いものである。

「・・・あれ、てか、皆は?もうすぐ授業の時間なのに」
「バーカ、今日は朝礼があるだろうが。他の奴らはとっくに体育館に集合してる」
「げっ、うそ!?えっ、べ、べーちゃん、どうしよ、今から行ったら目立つよね」
「多少はそうだろうな。・・・だからってさぼるつもりじゃねぇだろうな、アーン?」
「・・・うっ。あれ、てかべーちゃんはなんでまだここに?べーちゃん、朝礼でなんか喋ったりしなくちゃなんじゃ」
「綾乃を待ってたんだよ。どうせ忘れてると思ったからな」
「まじか。ありがとう」

ふ、とはにかむべーちゃんにこちらも笑みを返す。するとべーちゃんは困ったよな顔をしてくしゃりと頭をかき、小さく呻いた後、私の手を無理矢理とって歩き出した。慌ててべーちゃんに声をかけるけれど、離してくれない。まさかこのまま体育館まで行くつもりなんじゃ、と顔面蒼白になったが、さすがに気を遣ってかその少し前で離してくれた。体育館にはほとんどの人が集合していたが、まだ出入りはそれなりにあり、私はそこまで目立つことなく列に紛れることができた。べーちゃんは私が行ったのを確認してから、体育館に入ってくる。

「――では、これより全校朝礼をはじめます」

べーちゃんが来てから間もなく、生徒会役員の司会により、朝礼がはじまる。眠たくて気だるいだけの代物だ。べーちゃんの話のときだけはちゃんと聞いたけれど(そうしないと拗ねるので)、あとはほとんど眠気との戦いだった。まわりの子達にとってもほとんどそのようで、特にべーちゃんファンの女の子たちなんかは、その差が顕著に現れていた。

「・・・先輩、綾乃先輩」
「んー?お、若くん」

朝礼が終わって教室に戻る途中、後ろから声を掛けられ、振り返ると、ひとつ下の学年の日吉若くんが立っていた。ちなみにべーちゃんは役員同士の話し合いがある為、一緒には戻っていない。

「今日の部活、迎えに行きますので一緒に行きませんか?」
「えっ、迎えにって。悪いから良いよー、若くんは先に・・・」
「先輩と行きたいんです。ダメですか?」
「・・・んと、だめじゃ、ないけど」
「では、放課後に。教室にいてくださいね」
「あ、う、うん」

若くんは微笑んで、そのまま人の往来に紛れていなくなった。私はしばしその背中を見つめ、はっとしたように我に返って自分も歩き出す。若くんは男子テニス部の部員だが、今のように意外と積極的な一面があり、私はよくそれに驚かされている。
ちなみに私はテニス部のマネージャーをしており、そのためテニス部の部員とはけっこう仲が良い。何分人数が多いので大変だが、今では慣れたものである。

「・・・もー、調子狂うなぁ」

若くんのことを思い出すと、どうしてかいつも頬が熱くなる。私は振り払うように頭を振って、教室までの道を急いだ。





「綾乃先輩、いらっしゃいますか?」

ホームルームが終わってすぐくらいに、若くんが教室を訪ねてきた。ちなみに景吾は今日は生徒会の仕事があるので、教室にはすでにいない。ホームルームが終わったと思ったらもうすでにいないんだから、相当に忙しいのだろう。

「ほんとに迎えに来てくれるとはね。それじゃ、いこっか?」
「はい」

若くんは小さく微笑み、私に歩調を合わせるようにして隣を歩いた。私よりもずっと高い彼の身長に、少し胸が騒いだ。

「・・・先輩は、跡部部長と仲が良いですよね」
「そうかな。若とも変わらないよ」
「そうでしょうか。・・・俺は、いつも部長に嫉妬してるんですけどね」
「え?」

驚いて隣を見ると、若くんもこちらを見ていた。静かな瞳がまっすぐに私を見つめ、それに言葉が出なくなる。若くん、と名前を呼ぶと、彼は優しく微笑んで私の頭を撫でた。それにまた頬が熱くなる。・・・後輩のくせに、生意気だ。

「あ、じゃあ、俺は着替えてきますので。・・・それと、好きです、先輩」
「・・・、へっ!!?」

若くんは何事もなかったかのように笑い、そのまま部室へと消えていった。

「・・・い、今の、って・・・・・・」
「アーン?どうした、綾乃。何かあったのか?」
「あ。べーちゃん・・・」

いつの間にか後ろに立っていたべーちゃんと目が合うと、彼は優しく微笑み、頭を撫でてくれた。嬉しくは思うが、若くんのとは、どこか違う。そんな気がした。

「あー・・・、これからどうしよ」

若くんの笑みが頭から離れない。私は重くため息をついて、部室の扉を熱くなった頬で見つめた。





「・・・まーたやってんな、あいつら」
「二人とも大変ですね。峰里先輩、鈍いですし」
「俺の見たとこやと、このまま行けば僅差で日吉の勝ち・・・ってとこやな」
「俺もそう思うC−」
「残念だけど、僕も・・・かな」
「はぁっ、滝もかよ!?クソクソクソ、跡部だと思ったのは俺だけか!」
「どや、賭けてみいひん?岳人」
「のぞむところだ!!」


私をむ日


――――――――――――
遅くなってしまいすみません……!
取り合い……というほど取り合ってませんが、水面下の争いがあった、と思っていただければ。

リクエストありがとうございました!

2013/9/12 repiero (No,144)


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