||懺悔


『結婚式、もうすぐだね』
『あぁ』
『・・・亮、ありがとう。大好きだよ』

そう言って、俺に微笑みかけてくれた彼女のことが忘れられない。
もし今謝れば、お前は俺のことを許してくれるだろうか。





喧騒の中にいた。
身体が鉛のように重い。椅子にもたれかかったそれらは、神経が繋がっていないかのようにピクリとも動かない。目は曇り、耳は周囲の音を雑音としか認識しない。まるで外界から遮断されてしまったかのような、妙な感覚だった。
ぼんやりと、頭が思考を働かせる。現実に戻れと、誰かが声をかけてきている。けれどそれに従おうとする度、甘く痺れた感覚に襲われて、どうにもうまく物事を考えられない。代わりに浮かんでくるのは、思考ではなく過去の記憶。誰かが笑って、誰かが泣いて、誰かが怒って、誰かが俺を呼んで。その誰かとの思い出が、幸せなことも不幸せなことも関係なく、ひっきりなしに流れてくる。けれど思い出せば思い出すほど、ちらつくのは道路に倒れる誰かの姿。俺はその人が誰なのか、問うまでもなくよく理解していたけれど、どうしても、認めたくはなかった。
ふと顔を上げる。意識した行動ではなく、ほとんど無意識に、勝手に身体が動いた。
顔をあげた先には、一枚の写真が置かれている。それはまさしく記憶の中のその人で、その人は額縁の中で綺麗に微笑み、会場を見つめていた。

(綾乃)

名前を、呼んだ。声に出したはずだったが、唇から漏れたのはヒュゥ、という呼吸音だけだった。

「綾乃」

もう一度呼んでみる。今度はしっかりと声が出た。けれども、返事をする人はいない。喧騒に揉み消されて、何にもなかったかのように先ほどと同じ空間が再び広がる。
それからあと一回、名前を呼ぼうとして、無意味であることに気がついてやめた。代わりに、思い出したのは、数日前の記憶。先ほどからちらついてやまない、彼女の、記憶だ。

『そんなに急ぐと危ねぇぞ?』
『だーいじょうぶだって。あっ、青になったよ!行こ!』

最後に見た彼女の笑顔は、いつも通り晴れやか。彼女は俺と高校の頃から婚約していて、もうすぐでその約束が果たせる筈だった。式の準備は順調だった、あとは日を待つだけ・・・それだけだったのに。

『・・・あ』

先に駆け出していった彼女。しかしその直後、俺の視界に映ったのは、勢い良く飛び出してくる白い車。

――危ない、

『綾乃ッ!!?』

そう思うが早いか遅いか、ドン、という鈍い音と共に彼女の身体がふわりと宙を飛ぶ。数秒、スローモーションに時間が流れ、ドシャ、という地面に叩きつけられる音。無意識に何事か叫んで、俺は慌てて彼女に駆け寄る。・・・右手足が、奇妙な方向に曲がっている。

『綾乃、綾乃ッ!?』

あふれ出す血は止まらない。彼女のあたりにはすぐに赤い血だまりができた。必死に声をかけ、彼女を呼び起こそうとするが、意識を失っているようで何も反応がない。そうだ、救急車。そう思って携帯を取り出そうとするが、手が震えてうまく打ち込めない。辺りは大騒ぎとなり、その騒ぎが俺の耳をざわざわと這いずり回った。目の前で倒れたままの彼女。鮮やかな、赤色。

――そこまで思い出して、俺は逃げるように頭を振った。こんなの、思い出しても辛くなるだけだ。でも辛い記憶というのは嫌なもので、どんなに思い出さないようにしても、すぐに追いついてきてその姿をのぞかせてしまう。

「綾乃・・・、俺は・・・・・・!!」

・・・もしあの時、俺がもっと早く車に気付けていたら?いや、俺があの時、彼女に手を伸ばせていたら。
彼女が車に轢かれる、とわかった時、俺は一瞬身が竦んで、彼女に手を伸ばすことができなかった。もしそれができて、自分の身を引き換えにしていれば、彼女は助かったのだ。でもあの瞬間、一瞬の駆け引きの中で、俺は戸惑った。自分の命が惜しいと思ってしまった。・・・俺が、臆病なばっかりに。

「ごめん」

ぽつりと、頬に流れる何かと共に小さく呟いた。顔をあげれば、先ほども見た彼女の遺影が、相変わらず微笑んで辺りを見守っている。幸せそうな笑顔だと思った。





もし君に、謝ることができたなら。
――――――――――――
大変お待たせしてしまいすみません……!
リクエストありがとうございました!

2013/9/12 repiero (No,143)


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