||一進に纏う障害


別にね、私も悪気があったわけじゃないんだよ。
彼のことはたしかにちょっと食べすぎだとか最近ぽっちゃりしてきたとか思ってた。思ってたけどさ。
でも別に、それで彼を嫌いになるとかそんな筈ないし、むしろ可愛いとか思ってた。だからあれは、冗談でからかっただけだった。ほんとに私がそんなこと思ってるはずなんだ。それなのに、それなのにさ・・・、

「・・・食べないの、ブン太」
「いらねぇ」

そう言って首を振られて断られて、もう、何回目だろうか。私の手にある菓子パンは彼の手によって押し返され、行き場を失って虚しく手中に残り続ける。じっとそれを見つめて目を細め、それからパンを机におく。目の前の彼は、そんな私を見ることもせずに頬杖をついて窓の外を眺めるだけだ。

もう一度、声をかける。本当に食べない?と。
けれど返って来る答えは変わらず、それに「そっか」と返す私の声も、表面だけは前と変わらず落ち着いていた。本当はそんな彼の様子が、悲しくて悲しくてたまらないのに。

1週間ほど前から、ブン太は「食べる」ということに対して以前より一歩距離をおいている状態が続いていた。いや、一歩で済めばどんなに良かったか。彼の食事の量は日に日にどんどんと減り、今ではすでに常人より食べる量が少なくなってしまっている。このままそれが続けば、栄養失調で倒れる日が来てしまうのは明らかだろう。最初こそ食べる量を減らそうとするブン太に喜んだ私だったが、これでも私は彼の彼女だ。1週間も経てば、さすがに異常に気がつく。お菓子を買ってみたり、彼の好物をたくさん目の前に並べてみたり。色々やってはいるが彼も頑なで、なかなかそれに応じようとはしてくれなかった。

「食べないと逆に太るんだって」
「3食ちゃんと食ってるから大丈夫だよ」
「・・・量、少ないじゃん」
「お前とそんな変わんねーよ」
「ブン太は男の子でしょ!」

些細な言い合い。このくらいなら、以前にも普通にあったし大体が冗談みたいなものだったから、気にも留めなかった。でも、今は違う。私は冗談じゃなくて、本気で言っているんだ。ブン太は・・・きっと冗談のままだろうけれど。

「お願いだから、もっと食べてよ・・・」
「太ってるの嫌っつったのお前だろ」
「本気で言うわけないじゃん、嫌ならとっくに別れてる」
「お前ってそういうとこほんとに淡白だよな。でも痩せてるに越したことはねーだろぃ、どうせ」
「そりゃ、そうだけど。でもそれでブン太が食べなくなっちゃうんだったら今のままで良い。それに今だって太ってるわけじゃないし」

そこまで言ってはじめてブン太がこちらを向き、私の顔を見て眉を寄せた。何に対しての謝罪なのか、小さく「悪ぃ」とあやまってくる。それからぐしゃぐしゃと頭を強く撫でられ、彼はそれきり何も言わなくなってしまった。私、彼に気まずい思いをさせるほど酷い顔をしていたんだろうか。

「ブン太ぁ・・・」
「・・・んだよ」
「私が作ったものなら、食べてくれる?」
「は?お前、料理苦手っつってたじゃねーか」
「苦手だけど。練習したんだよ、美味しく作れるように」
「・・・はっ、そりゃすげーじゃん。将来の旦那の為に一肌ぬいだってか?」
「ちがう、ブン太の為だよ」
「・・・・・・」

そこまで言うとブン太は押し黙り、でも、小さく、「美味いなら食う」と付け足すように言った。ぱっ、と反射的に顔をあげる。ブン太はばつの悪そうに顔を背け、でも手のひらだけはこちらに向けて「ん」と求めるような仕草をした。
慌てて持っていた袋をがさがさと漁り、底に潜ってしまっていたそれを拾い上げる。可愛くラッピングして、自分では美味しく作ったつもりの・・・パンケーキ。昨日一生懸命つくったものだが、最近のブン太はあまり食べてくれないからと、小さめサイズをいくつも作った。これなら、せめてひとつでも食べてくれるんじゃないかと。

「はい・・・、食べて」
「・・・サンキュ」

かさ、とブン太が袋を開ける。もっと料理が上手ければ彼の好きなアップルパイでも作ったのだが、やはり1週間やそこらじゃ、さすがに今日には間に合わなかった。・・・彼は、忘れているんだろうか。今日が何の日か。

「・・・美味い」
「じゃあ、全部食べてよね?」
「全部?・・・後でな」
「だめ、今食べて。お腹すいてるでしょ」
「・・・・・・」

私の言葉にブン太が顔をしかめた。なんと思われているのだろうか。自分が言ったことに、後から文句をつけるワガママな奴だと思われているかもしれない。でもそれでもいいと思った。だって、今日は彼にとって特別な日なのだ。普段の彼なら絶対に忘れないだろうし、むしろ他人が忘れていることを不機嫌に思うだろうに。中学も、高校も、大学も卒業して、社会人になってからも、それはずっと変わらない事実だと思っていたのに。

「・・・やっぱり、忘れてる」
「は?」
「今日、何の日?」
「・・・・・・なんかあったっけ」
「4月20日だよ?」
「別になにも・・・、」

そこまで言いかけてはっ、と言葉を止め、それからブン太が眉を寄せる。肩が落ち、少し寂しそうにぽつりと呟いた。

「・・・俺の誕生日だ」
「ばか」

わざと唇を尖らせてブン太の肩を小突けば、少しだけ笑った。毎年あれだけ楽しみにしているくせに、それも忘れてしまうほど、彼は切羽詰ってしまっていたのだろうか。それも、私のせいで。

「ブン太、もう一回言うけどね」
「・・・んだよ」
「私は、ブン太に体調崩してまで痩せて欲しいなんてこれっぽっちも思ってないの」
「・・・・・・」
「からかってあんなこと言って、ごめんね。でも、あんなの絶対本心じゃないから、もう、こんなことやめて欲しいの」

パンケーキも食べてほしいし、それに私の料理は、まだこれからも上達する予定だ。そうやって作ったものを、ブン太に食べてもらいたい。そもそも料理の練習をはじめたのはブン太のためなのだから。

「・・・悪かった」
「謝らないでよ。ちゃんと食べてくれるなら、それで良いんだから」
「おう。でも、悪かったな。心配かけて」

ブン太が小さく微笑む。食べていないせいでいつもより元気のないその表情は、でも今はたしかに、明るさが見えていた。彼の手ががさ、と袋の中を漁る。パンケーキを取り出して、ゆっくりと口に運び始める。

「・・・誕生日、おめでとう」
「・・・おう」


う障


――――――――――――
ブンちゃんハッピーバースデー!!

ということで。
まだもう少し彼の誕生日は先ですが、青林檎様の企画提出用に早めの執筆です。愛は溢れてます。愛だけは。

それではブンちゃん、誕生日おめでとう。

2013/4/7 repiero (No,124)


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