||不変を叫ぶある日


変わらない日常というのはなんとも素敵なことだと思う。
俺はこれを、まったくの皮肉なしに、素直にそう思っている。平和で平穏で平凡で。良いじゃないか、平凡。特に普段から悲しいことがよく起こるとか何か悩みがあるとか気に入らない奴がいるとか、そういうわけでもない俺にとっては、不変というものほどありがたいものはなかった。いつもの朝、ばんざい。不変の日々、最高。まさにそんな感じである。

「・・・・・・」

朝は無言で目覚める。まあ、恐らく普通の人間のほとんどの目覚めは無言だろうが。いきなりいもしない相手に向かって「おはよう・・・」とか言ってみせる人は少ないだろう。

「おー、財前。おはよう」
「・・・はよーございます」

朝練に向かおうと道を歩いていけば、前方に背筋をしゃんと伸ばしきびきびと歩く部長さんの姿が見つかった。声をかけたわけでも特別大きな音を立てたわけでもないのに、少し離れた後方にいた俺に気づいた当たりさすがだ。何がさすがって、その完璧さというか人に構いすぎなそのうざさがさすがだ。俺はこの王子様オーラばりばりで常にキラキラしている部長がじゃっかん苦手である。

「おっ、財前、今日は一段と機嫌悪そうやな!」
「・・・そう思うなら話しかけないで欲しいっすわ」

部室についた途端、馬鹿でかくうるさい声を浴びせてきたのは先輩の謙也さん。ぶっちゃけ言って俺はこの人のことを先輩だと思っていない。言うと面倒なので、一度も口にしたことはないが。

「おはよう」
「まだ眠いわ」
「うふっ、蔵りんたち、おはよう♪」
「あ゛っ、いま小春に色目使うたやろ!!死なすど!」

・・・うるさい。
続々と登場してきた面子はざわざわとこの部室を喧騒で埋める。それからそそくさと部室を出て行く俺の背に「もう行くんか」とか「この間貸したCD返せ」とか「たこ焼き食べたいわ!」とか、わりとどうでも良いような言葉をそれぞれ浴びせた。CDに関しては、まぁそのうち返す。

「財前、どないしたん?さっきより機嫌悪そうっちゅー話や」

そう思うなら話しかけなければ良いのに。触らぬ神に祟りなしという言葉を知らないのだろうか、このハニワは。いや知らないか。ハニワだし。

「っるさいっすわ」
「なっ、仮にも先輩に対してそれはないやろ!!」
「別に謙也さんがなんて言ってませんけど。自意識過剰なんとちゃいます?」
「目の前にいたら誰だってそう思うやろ!」
「謙也さんなんて基本的に視界に入ってないんで気づかなかったっすわ」
「ムカつく奴やな!!」

やっぱりこの人はうるさい。無駄に。
ひとまずこのうるさい奴を無視することにして練習に打ち込んで、すると隣でぎゃーぎゃー言っていた謙也さんもそれを見て黙る。それから自分も黙々と練習に打ち込み始めた辺り、やはり彼はテニスに対して誠実で真面目だ。自分もそのつもりではあるが、恐らくこの部にいるほかの面々にはなかなか敵わないだろう。

「つかれたー・・・喉渇いたわ」
「じゃあ買ってきてください。ダッシュで」
「先輩を顎で・・・」
「スピードスターの謙也さんじゃないと、時間、間に合わないんっすわ」
「仕方あらへんな!」

ちょっと褒める(?)ような素振りを見せるとすぐにこれだ。扱いやすすぎる。それこそ顎で使われていることに本人はまるで気付いていない。仮に気がついたとしても3時間後で、そして怒ろうとして部活の時間までに綺麗さっぱり忘れてしまうのだ。半ば呆れるようにため息をついてあっという間に消えた背を見送って、俺は彼がここに帰ってきた時のことも省みずにその場を立ち去った。

(・・・暇やな)

授業は退屈だ。自分の成績は悪くないし、勉強をしていてそれほど強大な壁にぶつかったことは今まで一度もないが、しかしそれでも授業というものは退屈以外の何物でもなかった。いや、だから暇なのかもしれない。むしろ勉強が苦手で、できない連中の方が、授業を楽しんでいるのかも・・・・・・ないか。

「財前くんっ」
「・・・なに」
「あの、お昼良かったら一緒に・・・「先客いるんで」あっ、財前くん!」

こういう面倒なのは嫌いだ。あからさまに泣きそうな顔をして彼女の瞳が揺れ、しかし自分はそれを笑うかのように立ち上がって背を向けた。先客、なんてものは勿論いない。ただこの女と食べるよりはそうやって嘘をついて一人寂しく食べたほうが何倍もマシというものであった。後ろでひそひそと先程の女の友人と思しき面々が「酷い」だの「性根が腐ってる」だのなんだのと言っていたが、それが何だ。どうして顔も知らぬような相手と昼食を共にする義理があるのか、彼女たちに尋ねてみたい。

「・・・あ」
「おー、財前。お前も逃げてきたんか?」

逃げ道を探して屋上にあがると、すでにそこには部長と謙也さんがいた。部長の口ぶりからして、彼らも俺と同じであるらしい。たぶん女子に誘われたのは部長だけだろうけど。謙也さんは金魚のフンよろしく部長についてきたのだろう。

「大変やなっ、お前も!」
「謙也さん汚いっすわ」

喋るたびに食べかすが飛んでいて非常に不快である。それを口にすれば彼はまた食べかすを飛ばしながら申し訳なさそうに謝った。屋上は風が気持ちよく、嫌な気分というものを少しであるが拭い去ってくれるような気がした。

「・・・・・・」

目の前でくだらない言い合い(圧倒的に謙也さんの劣勢である)を繰り広げる2人を半眼で見つめ、不変というのはやはり素晴らしいと息を零した。

(眠い)

午後の授業に対して俺が抱く感情は、退屈よりもそちらの方が大きかったりする。だからと言って簡単に眠るわけにはいかず、しかし寝ても別に授業についていけなくなるわけでもないので眠ってしまおうかと何分か躊躇する。けっきょくは睡魔に負けてしまうのがいつものパターンだが、今日はそちらに落ちず、窓の外の景色を眺めてなんとか意識を繋ぐことができた。

(青い)

広がる空に、ぽつりとそんな率直すぎる感想を思う。それ以外に何があるか・・・、特に何もない。

「青い」

隣から、小さな声が聞こえた。軽く振り向くと隣の席の女子が窓の外を見つめてそんなことをぼやいていて、彼女もまた俺のように眠気を持て余しているのだろうかと、そんなことを思った。彼女はこちらの視線に気がつき目を合わせると、笑うでも嗤うでもなく、ただわずかに頭を下げた。同じくして社交辞令のようにそれに返す俺は、少し前からこの人のことが気になっていたり、する。変わらない中でも、変わる仲というものがあり得るのだ。

「財前、やっぱ今日機嫌悪そうやな!」
「・・・・・・」

もはやこの単細胞に言葉を返すことは諦め、ぼんやりと隣の席の少女のことを想いながら部活の準備を進める。ハニワさんはすでに準備を終え、これから部室を出て行くところであった。その後から部室を出るとまた視界に青い空が広がり、ぽつり、と例の呟きが漏れた。

「今日も平和やな」

それは広大な青空のように能天気な謙也さんのようにうるさい部員たちのように隣の少女の淡白さのように。
変わらぬ日常というものは、些細な変化とも呼べぬ変化を見せながら「毎日」を繰り返し、そして徐々に徐々にその姿を変えていく。当人たちは気付かぬままに、日常というものはいつのまにやら大きく変わっていってしまうものなのだ。

(その頃には俺も、あの子と話せるくらいには変わっとるやろうか)

青い空を見て、「青い」「そうやな」くらいには会話できるようになっているだろうか。若干レベルが低すぎるような気がするが。

(・・・ま、変わってなくてもそれはそれで)


ぶあるの話


良いのかも、しれない。
――――――――――――
財前のぼんやりとした日常、ということで。
恋愛要素はかなり薄かったのですが、これで大丈夫でしょうか……!

リクエストありがとうございました!

2013/3/31 repiero (No,123)


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