||小さな勇気


朝から着信がうるさかった。

ピリリ、ピリリと味気のない着信音をくりかえし叫び続ける携帯。それを見つめ、ふ、とため息をこぼした。表示される名前は同じものばかり。恋人の名前だ。

「精市・・・」

彼の名前を呟くと、息苦しくなって涙がこぼれそうになった。ごめんね、とせめてもの言い訳とばかりに呟いた。逃げるように耳を塞いで、携帯の電源を切った。途端に着信が止む。彼は怒っているのだろうなと、壁に頭をもたげてそんなことを人事のように考えた。

『精市の馬鹿。・・・だいっきらい!』

思い出されたのは昨日の自分の言葉で、なぜあんなことを言ってしまったのだろうと頭を抱えた。あれはほんの些細な喧嘩だった。それがここまで大きくなったのは、きっと私のせいだ。教室を出るのが億劫に感じられる。

「ごめんね、嫌いなんてうそだから」

だからどうか私を嫌いにならないでと、こぼれそうになった涙を必死で堪えて立ち上がる。放課後、だれもいない教室。寂しいそこで私はひとり言葉をこぼして、のろのろと玄関に向かいはじめた。

(今頃、部活かなぁ)

ぼうっと、彼のことを考えながら廊下を歩いていく。部活だとしたら、私にメールなど送っていて大丈夫なのだろうか。苛々と携帯をいじっている彼の姿を思い浮かべ、少しだけ、笑みがもれた。

(仲直りできるのかな)

ずっと喧嘩したままは嫌だし、はやく仲直りして甘えてしまいたいけれど、でも、勇気がでない。精市の方からたくさんそのきっかけを作ってくれているのに。そう、私は電話に出てきちんと謝れば良いだけなのだ。それだけのことなのに、私の中の弱虫が、その小さな勇気を邪魔している。

(もしこのままずっと・・・「綾乃」・・・え?)

とつぜん名前を呼ばれ、弾かれるようにして顔をあげた。そんな筈はない、と思いつつもその愛しい声に彼の姿を無意識に考えてしまう。顔を上げた先には息を切らす彼の姿があって、その手には携帯が握られていた。あ、という小さな声とともに後悔がにじむ。

「なんで電話でないの?何回もかけたんだけど」
「あ・・・、その、」

やばい。やっぱり彼は怒っている。視界がぼやけはじめ、それを隠そうと俯く。すると重力に従って涙はますます下へ下へとおりようとし、視界のぼやけはいっそう酷くなってしまった。

「綾乃、別に泣く必要なんてないから」
「・・・せ、いち」

いつのまにか近くまで来ていた精市に抱き締められ、あやすように、頭を撫でられる。不思議なことに、その動作はいつものように優しく温かで、喧嘩中のはずなのに、それに安心してしまう自分がいた。

「・・・すまなかった」
「え?」
「・・・・・・昨日の喧嘩。怒ってるんだろう?」
「! う、ううん!怒ってなんかないよ・・・」
「なら、どうして電話にでなかったの?」
「・・・精市が怒ってると、思って」
「・・・・・・はぁ。ばかだな、綾乃は。あれくらいで俺が怒るわけないだろう」

呆れたように精市が笑って、至近距離で私を見つめる。それに頬が熱くなって、俯いて視線をそらした。クスリ、と彼が笑う。

「綾乃」
「え・・・・・・、」

声に反応して顔をあげた私の視界に、精市の顔がうつる。それから唇になにか柔らかいものが触れ、キスされたんだと気付いて私が口元を塞ぐより前に、「じゃあ俺は部活があるから」と言って精市は笑顔で走り去ってしまった。

「あ・・・!?精市・・・?」


さな勇


(ふむ、無事に仲直りできたようだな)(幸村もなかなかやるのぉー)(・・・ちょっと待ってこっちにむかってくるっすよ!!?)「お前たち覚悟はできてるんだろうね^^」
「「「「「「ギャアアアアアアア!!!!」」」」」
――――――――――――
喧嘩して仲直り、ということで。
幸村と喧嘩なんてしてしまったらもう恐ろしくて顔も見れなくなるのは私だけでしょうか。絶対はんにゃ見えますよね。鬼とか悪魔とか。

リクエストありがとうございました!

2013/3/9 repiero (No,118)


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