||美しい君の


その人はひどく美しい人だった。例えば花園に咲く一輪の薔薇だとか、地面に写し出された木漏れ日だとか、いろいろと世界に美しいものはそれこそ山ほどあったけれど、でもそれらのなによりも一番に、「綺麗」と思えるひとだった。

白い頬に指をすべらせ、その空より澄んだ青い瞳を見つめる。そこを縁取る長いまつげは、ゆったりと何度かしばたいて揺れる。ウェーブした髪は深い藍色で、海のさざ波を思わせた。
そう、本当に美しいひと。そのひとが、泣いていた。

「精市」

名前を呼ぶと彼はかすかに微笑んで、静かに流れていく透明なものをぬぐった。私の両手に包み込まれた頬は、ずいぶんと冷たい。彼がなぜ泣いているのか、私は知っていたけれどあえてなにも言わずにただ黙ってなぐさめた。“余計な言葉はいらない”。それは私というただの凡人が精市と付き合う上で、ポリシーとも言っても良いほど気を遣っていることだ。

「綾乃は優しいね」

いつも、いつまでも。
そう彼は笑いながらいって、自分の手を私のそれに重ねた。暖かい手だ。美しい彼には似合わない、タコのある手。

「優しくなければ、精市は私とわざわざ一緒にいないでしょう?」
「・・・本気で言ってる?」
「もちろん」

静かにうなずいた。彼の綺麗な涙の行く末を眺めながら。首筋まで伝っていったひとつを指先ですくいあげると、彼がくすぐったい、といって少しだけ笑った。

「もしね。お前が優しくなくても」
「・・・・・・」
「俺は綾乃と一緒にいたと思うよ」
「みえすいた嘘を」
「嘘じゃない。そういうものなんだよ」

精市はそういってまた綺麗に微笑み、そっと目を伏せてしばらく涙を流し続けた。はたして彼が先程こぼした言葉の意味はわからなかったが、けれどそこに確かな悲しみが混ざっていたことは感じとれた。
私は彼の頬を包んだまま、少しの間その美しい顔立ちを眺めいった。ひと目みて好きになったこの「顔」。それから中身に惚れ込んだのは三度目の会話を交わした時だったか。あれよあれよと好きになっていったものの、私はけっきょく彼のどこが好きなのだろう。やはり顔だけなのかと言われてしまうと、そうじゃないと思いつつも否定できない自分がいる。

「俺はね」
「・・・?」
「俺は、綾乃の優しいところが好きだよ」
「え・・・・・・」
「それと、そうやってちゃんと俺のことを考えてくれるところも好き」
「っ!?」

どうしてわかったのか。驚いて目を見開く私に対し、精市はゆっくりとまぶたを上げて微笑んだ。

「別に、顔だけでも構わないけど」
「・・・・・・、」
「それ以外に俺の良いところがないって言われると悲しいかな」
「・・・そういうわけじゃないよ」
「それなら良いけど」

精市は微かに笑って、それからやんわりと私の手を外して立ち上がった。涙はいつの間にか止まっていて、なぐさめてくれてありがとう、と笑って言った。そう、確かに私がなぐさめていた筈なのだけれど、なんだかいつのまにかこちらがなぐさめられていたような気がする。これだから精市には敵わない。

「・・・それで、ひとつ提案なんだけど」
「なに?」
「できれば今からでも、俺の好きなところを見つけて欲しいかな。・・・だめかい?」
「・・・・・・うん。私も、そう思ってたとこ」
「じゃあ決まりだ」


しい


まず始めに、俺を知り直すことから。そういって悪戯に笑った彼を見て、ああこういうところが好きなのかもしれないと、ぼんやりそんなことを思って小さく笑った。
――――――――――――
フリーということだったので、神の子でひとつ。遊瀬さんが神の子びいきとのことだったので書いてみましたが、どうでしょうか・・・!

相互、本当にありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いします!

2013/3/7 repiero (No,117)


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