||手を取り合う者


屋上の風は冷たかった。
いつもならば、ここには誰もいないのに歓迎されているような気になったのに、今日はそんな気はしなかった。むしろよそよそしく、ただ灰色の地面と柵とが整然と並ぶ風景に迎えられた。前は毎日のように行っていたのに、めっきり来なくなってしまったからだろうか。
久しぶり、と誰にともなく呟くと、風が応えるように頬を撫ぜていった。先ほどと代わらず、やはりそれは冷たい。

「・・・ね、ひろくん」
「ええ、そうですね。久しぶりです」

肩を支えてくれている隣を見ると、にっこりと微笑まれた。彼は「少し待っていてください」、と言って私を地面に座らせた。それから間もなく、重い筈の私の車椅子を持って、階段をのぼってきた。

「ありがとう」
「いえ」

ひろくんは当然のように微笑んだ。私も微笑んだ、彼に感謝の気持ちを伝えるように。

私の両足は動かない。高校にあがる直前、交通事故に巻き込まれて動かなくなってしまった。もう一生、歩けないという風に言われた。

「・・・・・・」

車椅子を見てそのときのことをふと思い出して、私はなんだか悲しいような気持ちになった。別に歩いたり走ったりするのが特別好きだったわけじゃないけれど、けれど足があることの便利さを、楽しさを知っているから、動かないということは辛かった。もし私にひろくんという心の支えがいなかったら、その辛さに負けていたかもわからない。

「きれいだね」

車椅子に乗せられ、ひろくんに押してもらって、屋上を進んでいく。なつかしいな、なんか。ついこの間まで、ここでお弁当食べてたのに。
高校に入ってから中等部の校舎には当然こなくなったので、屋上に行く機会などもちろんなかった。今は高等部のほうの校舎でお弁当を食べている。あそこも良い景色が見れるけれど、思い入れがあるからこちらの屋上のほうが好きだったりする。
私は景色を見つめたまま、背後の恋人に声をかけた。なんですか、とひろくんが反応する。

「私の足ってさ、治るのかな」
「!」
「また前みたいに歩けるのかな」
「それは・・・、」
「・・・なんてね、うそうそ。わかってるよ、もうこの足は動かないし歩くことなんてできない。ちょっと言ってみただけ」
「綾乃さん・・・」

びっくりした?とからかうように笑いかけると、ひろくんは少し悲しそうに笑ってうなずいた。本当は足が動かないってことがまだ凄く辛いし、だからひろくんに甘えてしまいたい。でもあんまり迷惑かけちゃいけないから、私はそんな思いを「冗談」で踏み留めた。まだ子供だなぁ、私。高校生って言っても、そんなもんなのかな。
そんなことをぼうっと考えていたら、ふいに、後ろから抱きすくめられた。私は驚いて首をまわす。ひろくん?、と名前を呼ぶけれど、返事はない。

「あなたの足が、動かなくても」
「ひろくん?」
「私の足は動きます」
「え・・・、」
「だから、私があなたの足になれる。そうでしょう?」
「・・・でも、迷惑になっちゃうよ。きっと辛くて泣くこともあるだろうし、ひろくんにあたっちゃうこともあるかもしれないし」
「何を言うんですか。元から恋人とはそういうものでしょう?あなたが辛いときは傍にいますし、あなたが動けない時は私が動けば良い」
「・・・・・・」

ひろくんは最後に微笑み、それから私の頭を撫でた。抱きしめていた腕をほどいて、また車椅子を押す為に身体をおこす。そろそろ戻りましょう、とそう言って、車椅子がゆっくりと動きはじめた。私の動かない足が、何も感じない足がどくんと脈打った気がした。

「ばかだな、ひろくんは・・・。そんなこと言っちゃったら、自分の負担が増えるだけだよ?」
「負担?なんのことです?」
「・・・ばか」

彼の気遣いが嬉しくて、ふにゃ、と思わず笑った。幸せだなぁ、って思う。ひろくんで良かった、とも。

「ありがとう」
「いえ」


を取りう者


当然のように微笑んだ彼に私も微笑んで、冷たい風に後押しされるようにまた一歩を踏み出した。
――――――――――――
遅くなってしまってすみません……!
リクエストありがとうございました!

2013/3/2 repiero (No,115)


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