||空頼み
「こんばんは、綾乃さん」
にこりと微笑みを浮かべながら、私は病室の奥で眠る彼女のもとへと歩いていった。薄桃色のカーテンをめくれば、静かにゆったりと眠り続ける彼女の姿がある。私は寂しく笑って、彼女の頬に手を触れさせた。今日も、まるで聖者のように彼女は美しく静かだ。
「今日もお目覚めにはなりませんか」
私は微笑んだ。返事など返ってくるはずもない。彼女は眠っているのだ、何時間も、何日も。ふ、と吐息を零して背後の窓を振り仰ぐと、満点の星空が広がっていた。反対側の病棟では見ることの出来ない、広大な星空。この病院は街中に建っているが、オフィス街と住宅街のちょうど狭間のあたりにあるせいで、病棟によって見られる景色がまるで違う。彼女の病室は住宅街側にあり、夜になればこのような星空を拝むことができた。それを彼女が知ることは、恐らくないが。
彼女は私の恋人だった。美しく、優しい私の恋人。元気な頃は私のことを「ひろくん」と呼んで愛してくれたが、今はもう声を聞くこともできない。彼女は、事故で脳死となり、植物状態に陥ってしまったのだ。脳が死んでしまった以上、助かる見込みはない、というのは彼女の両親から聞かされた話である。医者からは彼女の健康な臓器を別の患者へ提供してもらえないかという話をされたが、両親はいまだ悩んでいるようである。無理もない、だってこうしてみれば、彼女はただ眠っているだけのようにしか見えないのだから。今にも目を開いて、ひろくん、と、そう呼んでくれるような気がするのだ。
「綾乃さん、好きです」
返事はかえってこない。それはもう、わかりきっている事実。
「好きです」
もう一度繰り返した。病室に自分の声ばかりが響く。私は彼女の安らかな顔をただ見つめる。目を覚ましてくれたら、と、そればかりを考えて。
「・・・・・・奇跡、が」
彼女の胸が、呼吸の為に上下する。
「起きては、くれないものですかね・・・」
ぽつりと呟いて、私は彼女のすがるようにして頭をもたげた。願うだけ無駄なのだ。けれど、願うことしか私にはできない。私が彼女の代わりになれれば、彼女がまた名前を呼んでくれたら。
空
頼み
例えそれが無駄だと知っていても、時間がそれを慰めるまで、私は願い続けよう。
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よくわからない話になってしまいました。
ご期待に沿えられていれば良いのですが。
リクエストありがとうございました!
2013/2/24 repiero (No,111)