||雑音に恋する男


雑音。

芸能人というあってないような職を手に入れてから、ちょうど3年が経つ。最初は大切にしようと思っていたはずが、今では周囲の人間のことをそんな風にしか思わなくなった。それは中学の時からすでにわかっていたはずのことで、けれど俺は、いつしかテレビの世界にはいることを夢見てしまっていた。一度夢見てしまえば、もともと顔立ちは良い俺にしてみれば叶えるのなんて簡単なことで。だからだろうか、あっさりと手に入れてしまったその地位に、俺は吐き気がするほど嫌気がしていた。

『仁王くんのファンです!!応援してます!』
『雅治が大好きです、結婚してください』
『雅治様、ずっと愛してますっっ!』

気分が悪くなるような内容のファンレターたちをさらさらと読み流しながら、どかり、とソファに腰掛けた。本当に、ため息が出る。芸能の世界は多忙を極めるが、でも楽しいことの方が多かった。でもそれは2年前まで。異例の速さで芸能界を駆け上っていった俺は、この仕事に嫌気が差すのも早いものだった。

「生活のため」

ぽつり、と自分に言い聞かせるように呟いた。しかし虚しさが増すばかりで、余計に疲労感に襲われた。たしかに生活の為ではあるが、やはりこんな仕事、やらなければ良かった。一度この仕事につけば顔が周囲に知られ、転職しようにもやりにくくなる。せめて良い出会いがあれば、と愚痴ってみるものの、もういつのまにか25だ。早くしないと、結婚どころか彼女すらできそうにない。

「仁王さん、出番ですよ」
「・・・おん」

今日は、握手会の日だった。ファンの人たちが長蛇の列を作って待っていることだろう。楽屋の鏡に向かって慣れたつくり笑いを浮かべ、憂鬱な足取りで楽屋を出た。会場に入った途端に湧き出るこの悲鳴のような奇声のような黄色い声には、もう聞きなれたものだ。

「いつも見てます、頑張ってくださいっ!!」
「ありがとな」
「あたし、今日のこと一生忘れないです!」
「俺も忘れん」
「雅治様っ、ずっと会いたかったんです!」
「ありがとう」

ファンの言葉に笑顔で返すのには慣れたもので、そしてまるで、彼女たちの好意にあぐらをかくような行為にも、慣れてしまったものだった。

(・・・そろそろ、時間かの)

握手会は大体時間で締め切られるが、まだ人は残っているから、延長もありうる筈だ。できるだけ早く終わって欲しいものだが、という俺の願望にファンたちが気づくはずなどなく、飽きることなく列を増やし続けている。いい加減、列締め切れよ。マネージャー。
今にもため息がこぼれそうなのを必死で隠し、にこにこと握手を続けて数十分後。順番を終えて去っていくケバい女の後ろに、同じくらいの年頃の、背の低い女の姿を見つけた。

「あ・・・、」
「・・・あのっ、いつも見てます・・・・・・!」

顔を真っ赤にして、あわあわとその人が言う。伸ばされた手を受け取る俺は、半ば呆然としていて。俺の手が触れた瞬間に、女は唇をきゅっと結んだ。手が離れると、残念そうな表情で眉尻を下げる。その仕草、表情に、いつの間にやら視線が釘付けにされていた。

(なんじゃ、あの子)

ぎゅう、と胸を締め付けられる。

(ひとめぼれ、っちゅう奴なんか)

次の番の女性が前に出てくるのもお構いなしに、視線は彼女の後姿にばかり向けられていた。

「・・・なぁ、お前さん!」
「・・・・・・え、あ、私・・・?」

大きな声で呼びかけると、女が振り返った。手招きして彼女を呼び、周りの様子などお構いなしに話しかける。

「お前さん、名前は?」
「え・・・、あ、峰里、ですけど・・・」
「ほぉか、俺は仁王雅治じゃ。よろしく」
「あ・・・?よ、よろしく、お願いしますっ?」

相手はとっくに名前を知っているだろうに名を名乗り、まるでコンパの自己紹介か何かのようにはにかむと、彼女は顔を赤くして、ひょこりと頭を下げた。

「あのぉ、仁王さん?」
「・・・おぉ、すまん」

順番待ちの女に言われ、はっとなって視線を戻した。峰里さんは首をかしげ、わたわたと慌てたように視線をおよがせた後、一礼して走り去っていった。

(峰里さん、か)

どくん、どくん、とずいぶんと久しぶりに心臓が高鳴った。こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか。周囲を雑音としか思わなくなった、それ以前にも、ここまで誰かのことを意識したことはなかったかもしれない。
彼女のことを考え、しかし手を止めるわけにもいかず笑顔で「仕事」をしている内、いつのまにか握手会は終了となっていた。すぐにマネージャーに声をかけた。勿論、用件は決まっている。

「・・・のぉ」
「はい?」
「近い内に、またここで握手会を開かせてくれんか」
「は?珍しいですね、仁王さん。いつもは嫌がるくせに」
「ええじゃろ?」
「構いませんけど。じゃあ、事務所に話はしておきます・・・」

それからごちゃごちゃとマネージャーが何かを言っていたが、全て俺の耳には届かなかった。だって、その時すでに頭の中は彼女のことでいっぱいになっていたのだ。


音に


数ヵ月後、俺がまた彼女と再会を果たすのは、また別の話。
――――――――――――
芸能人の仁王と、そのファンの女の子が恋に落ちる話ということで。
稚拙な文でお恥ずかしい限りですが、楽しんでいただけましたら幸いです。
リクエストありがとうございました!

2013/2/7 repiero (No,98)


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