||心配性壁


白い天井。白い床。白い壁。
なにもかもが真っ白なここは、私にとって大嫌いな場所だった。ここにいれば君と絶対に会う事ができる。でも君は忙しいから、いつでも会えるわけじゃない。
それが嫌で、それが辛くて。

「綾乃」

今日もまた君は来てくれたけれど、私はそれを少し不機嫌な顔でしか迎えられなかった。そんな私の様子を見て、君が苦笑した。

「そんな顔するんじゃなか。俺に会いたくないんか?」
「・・・会いたかったよ」

そう、それは確かにそうなんだ。でも、やっぱり溜息が漏れてしまう。
昔から病弱な私は、事あるごとに入退院を繰り返している。今もまさに入院中なわけだが、もう少しで退院できるとの話だった。だから派手な運動をしない限りは、行動に制限をされていない。それだと言うのに、この心配性な彼氏は私が外出することを許してくれない。そんなわけで、私が彼に会う事もなかなか簡単ではないのだった。

「そうだ、今度練習試合があるんじゃよ」
「・・・そうなの?」
「おん。近隣の中学校と、ウチで試合するんじゃ」
「仁王も、出る?」
「勿論じゃよ」
「・・・そっか。頑張ってね」
「おまんも、早く治すんじゃぞ」

仁王が笑顔を浮かべて、私の頭をなでてくれた。仁王の手は優しい。私は布団を持ち上げて、顔を埋めた。
そういえば、仁王のテニスはあまり見た事がない。なにせ病院にいる事がほとんどなので、そんな暇がないのだ。でも、ずっと前に見た時、そのプレイに息を呑んだのを覚えている。・・・もう一度、見たい。

「その試合って、いつ?」
「次の日曜じゃけど。・・・なんでじゃ?」
「だって、その日は仁王がお見舞いに来れないかもしれないじゃない」
「試合が終わったら絶対に行くから、大丈夫じゃよ」
「うん、ありがとう」

また来る、と言って仁王が立ち上がった。病室を出て行くその後姿に、私は再び溜息をつく。・・・次の日曜、か。

「試合、行こうかな」

勿論仁王には内緒で・・・ね。





「うわ・・・人がいっぱい」

テニス部の部員だと思しき人が約半分、ギャラリー(主に女子)が半分。その他の人が少数、と言った感じだ。
私はギャラリーの中に混じって、きょろきょろと仁王の姿を探した。もうすぐ試合が始まる。きっと仁王もどこかにいるはずなのだが・・・。

「・・・あ、いた」

ラケットを持って、コートの方を見据えている。なにやら威厳のある人に促され、仁王はコートの中へと入った。これから試合らしい。

仁王は表面こそ飄々としているが、私にはかなり緊張しているのがわかった。・・・頑張れ、仁王。

そうして試合が、始まった。

「あ・・・・・・」

相手のサーブから始まり、激しいラリーの応酬が続く。パァァン、パァァン、と重たい音がコートに響いた。その内に仁王の放ったボールが、相手のコートに入る。相手はそれを拾いきれずに、仁王の一点先取となった。

「やった・・・!」

思わず顔が綻んだ。そんな間にも、試合は続く。仁王は異様なまでに早い球や、ネットの上を転がる球など、多彩な技を使って相手を圧倒していった。ギャラリーの言葉から、それが他の選手の技である事がわかった。イリュージョン、という奴なのだろうか?(ちょっと違う)

「これで終わりです、アデュー!・・・・・・プリッ」

仁王がそう言い放って、例の豪速球を放つ。「レーザービーム」と言うらしいその技は、酷くあっさりと相手のコートに入った。仁王も何点か取られているものの、圧倒的な試合だった。

「勝った・・・!」

少し呆然となりながら小さく呟く。気付けば、歓声を上げる女の子達の中で一人大きな拍手を送っていた。

試合も見れたし、今日は帰ろう。仁王に見つかったら大変だ。

私は立ち上がり、ギャラリーの中を抜け出した。そうしてコートから少し離れたところで、・・・異変が、起こった。

「・・・っ!!?」

ずん、と重みがのしかかったようにその場に崩れ落ちる。ゴホゴホと、いやな咳が出た。視界にぼやけ自分が今立っているのか座っているのかさえ定かでなくなってくる。まずい、こんなところで倒れたら・・・・・・。

「ぁ・・・・・・」
「・・・綾乃?」
「え、」
「綾乃!!」

聞き覚えのある声が私の名前を呼んで、その気配が近付いてくるのがわかる。しかし、私の意識はもう限界に近い。ふら、と身体がぐら付いたところで、誰かが私の身体を支えた。必死にその人が私を呼んでいる。

「綾乃、綾乃!・・・・・・っ!!」
(に、お・・・・・・?)

きらきらと光る銀色を視界に捉えた直後、私は意識を失った。





「・・・ん、」
「綾乃?」

目を覚ませば、見慣れた病室だった。近くにいた人が動いたのがわかり、そちらに視線をやれば仁王がいた。仁王は私と目を合わせるなり抱きついてくる。

「綾乃・・・!!良かった・・・!」
「仁王・・・、」
「なんであんなとこにいたんじゃ、病院を出るなって言ったんに!!」
「仁王の試合、見たかった」
「そんなん・・・」
「かっこよかったよ、仁王」

にっこりと微笑むと、仁王は困ったような顔をして笑い返してくれた。でもすぐに怒ったような顔に戻る。・・・あーあ、これはお説教かな?

「・・・二度と、こんなことしたら許さんぜよ」
「うん、わかってる」
「なら、ええ」

仁王は深く溜息をついて、私を強く抱きしめてくれた。私もそれに小さく抱きしめ返して、彼の腕の中で瞳を閉じた。





(でもやっぱり、心配性は直して欲しい)(絶対嫌じゃ)(えぇー?)
――――――――――――
オチがどうにも上手く書けません……。
リクエストありがとうございました!

2012/3/26 repiero (No,35)


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