||君に贈る花束


別れて何年も経つ恋人がいた。別れた、と言ってもカップルとしては関係は続いていて、今でも彼とは連絡を取り合っている。けれど私と彼は遠く離れたところにいるから、ここ1年、彼とは一度も会っていない。寂しいと言えば寂しいが、現代社会は発達しているもので、彼の顔を見ながら電話をすることだって可能なわけだ。だから画面の向こうの彼を見て、私は会いたくて仕方がない心を抑えていた、つもりだった。

「・・・え?」

その連絡が来たのは、今朝のことだった。今から会いに行くから、例の場所で待ってて、なんていうそれだけの連絡。彼はそれだけ言って電話を切ってしまったから、それ以外の情報は皆無だった。例の場所、と言ったってそんな怪しげな言い方をされてもわかるわけがない。心当たりも・・・、いや、ある。ひとつだけ思い当たった。

「・・・ここ、だよね」

慌てて家を飛び出して、電車で1時間かけて辿りついたのは、まだ私たちが付き合い始めたばかりの頃によく行った場所。私が引越しをすることになった時も、最後に訪れたのはこの場所だった。

『また2人でここに来ようね』
『うん』
『ふふ、それじゃあ、約束』

差し出された小指を自分のそれと繋いで、泣きながら指切りげんまんをした覚えがたしかにある。もしかして、彼は未だこの約束を覚えてくれていたのだろうか。もしそうだとしたら嬉しいけれど、私の独りよがりで全く違う場所に来ていたとしたら、それはそれで悲しい。
うーん、と唸りながら悶々と考え込んでいた矢先、ふと、後ろから誰かに抱き締められた。

「・・・せい、いち?」
「あたり」

ここ1年間であればありえなかったほどの間近なところから彼の声がして、同時に電話では感じることのできなかった温もりが全身に伝わってくる。あれ、なんでかな。そんなつもりなんてないのに、自然と視界が歪んだ。顔は画面越しだけど見ていたから、寂しくないと思っていたはずなのに。

「いきなり泣かれると、俺も困るんだけど」
「・・・っ、だって・・・!」
「クス・・・、いいよ、好きなだけ泣いて」

精市が笑って、私の頭を撫でてくれる。そしたらまた一層涙が溢れて、それこそ歯止めがきかなくなってしまった。首筋に落とされたキスの感触と、彼に触れられている温もりにひどく安心する。

「なんで俺が今日、ここに来たかわかるかい?」
「・・・わかんない」
「ほんとに?」
「うん、ほんとに」

ようやく落ち着いてきた私は、精市から離れて彼の顔を正面から見つめた。精市が困ったように柔らかく微笑む。

「今日は記念日だよ」
「・・・え?・・・・・・あっ!」

そういえば、とばかりに思い出して、私は顔をしかめた。しまった、忘れてた、と後悔を滲ませると、精市は別に良いよ、とだけ言った。

「それで・・・、俺たち、今何歳だっけ?」
「え?えっと・・・、精市も私も、23・・・だよね?」
「そう、当たり。それで、何年付き合ったっけ?」
「高1からだから・・・7年間だ!」
「うん、それも当たり」

そんなに長い間付き合っていたのか。遠距離恋愛をしていたせいであまりそんな風に感じなかったが、精市とは思った以上に長い付き合いだったらしい。と、精市が持っていた紙袋から何かを取り出す。それが私の前に差し出され、わ、という小さな歓声と共に目を丸くした。

「これ、君にプレゼント」
「すごい・・・ありがとう、精市!」

渡されたのは、大きな花束だった。色とりどりの花々が美しく飾られ、たぶん精市が世話したものだろうな、とそんなことを思った。うわぁ、と花束を見ながら顔を輝かせていると、彼の手が私のあごを持ち上げた。彼との距離が近い。息がかかりそうだ。

「今日は、君に伝えたいことがあって来たんだ」
「な・・・なに?精市」

精市がきれいに微笑む。それから私の唇に柔らかく口づけて私の瞳を見て、

「俺と結婚してください」

と静かに言った。

「・・・っ!」

それを聞いた瞬間、息が止まるかと思った。なんだかよくわからないたくさんの感情が頭の中を巡っては消えて、たった数秒の出来事が数分、数時間のように感じた。

「愛を込めて花束を・・・なんて思ったんだけど、ちょっと大袈裟だったかな?」
「わ、わた・・・わたしっ、」

苦笑気味に微笑んだ彼を見つめ、上気する頬が何事かを言わんと動く。でもうまく言葉にならなくて、ただ一言、「お受けします」なんていう古臭く場違いな言葉しか言うことができなかった。

「〜っ、あ、その・・・」
「・・・ぷっ、あはははっ・・・!相変わらずだね、綾乃は」
「わ、笑わないでよっ!」

憤慨するように、恥ずかしそうにそう言ってみせると、精市はまだ笑いを抑えきれないままに嬉しそうに微笑んだ。なんだか少し悔しい。私ばかりが翻弄されて、ちょっと不公平だ。

「せ、精市!」
「ん?なんだい?」
「あの・・・その、ずっと、そばにいてね!」
「・・・!」


る花


そう言った瞬間、ほんのり頬をそめて、当り前じゃないか、なんて精市が言った。私はそれが嬉しくて嬉しくて、手に持った大きな花束と共にとびきりの笑顔を浮かべた。
――――――――――――
Superflyさんの「愛をこめて花束を」をモチーフに、ということでしたので意識して書いてみました。良い曲ですよね。
うまく表現できたかわかりませんが、「言われてみれば」、くらいでも曲とイメージがつながれば幸いです。

リクエストありがとうございました!

2013/2/3 repiero (No,96)


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