||独白


好きな人がいた。

その人は校内でもかなり有名な人で、それこそ知らない人なんていないんじゃないかというくらい、その存在をよく知られていた。かっこいい、というよりは「綺麗」や「美しい」の方が似合うのかもしれないが、とにかく見目麗しく、性格も、普段はすこぶる優しくそれでいて頼りがいのある人でもあった(一度テニスコートに入った彼を見てしまえば、誰もが意見を180度変えると思うが)。
彼はこの学校でアイドルのような扱いを受ける、男子テニス部の部長をしていた。勿論テニスは強い。3年の夏を過ぎてしまった今では、それは彼に寂しげな目をさせてしまう原因にしかならない、のだが。
そんな彼は、これはもう当然とも言うべきか、常にあちらこちらの乙女たちの間で噂をされている。良いうわさ悪いうわさ本当のうわさ嘘のうわさ、「彼」が中心にいる話であれば、大抵のばあい多くの女子たちの話題とされた。
そんな中、最近まことしやかに囁かれはじめた新しい「噂」がある。

「幸村精市に彼女ができた!?」

背後にいた女子グループのひとりが叫んだ。私はそれにくぁ、と欠伸をひとつして、後ろの会話を伺う。嘘だとかショックだとか様々な嘆きが聞こえてきて、それに私は同感とばかりに相槌を打った。乙女たちにとってこれほど衝撃的なニュースはないだろう。彼女たちにとっては、大好きなイケメンの芸能人が結婚してしまった時のような、そんな感覚なんだから。
しかし私は彼女たちの話から興味を逸らし、あぁ、今日も空が青いなぁ、なんてそんな逃避染みたことを思った。もちろん、本当に現実逃避をしているわけではない。私にとって、「幸村に彼氏ができた」なんていうのは1ヶ月も前から知っている古い話題でしかなかった為だ。

『私、幸村くんに告白してきたの』

まだ興奮が収まらないような表情で告げた親友を思い浮かべ、彼女は今頃幸村と仲良く喋っているんだろうか、なんてことを考えた。

(親友に好きな人をとられたなんて、どこの昼ドラだよ)

心の中では自分たちの関係をそんな風に嗤ったりするものだが、でも、本当のことを言えば、私がそのことで傷ついていないわけがなかった。親友には自分が幸村を好きなことを言っていなかったとは言え、まさか一番身近にいたと思っていた人に彼を奪われてしまうとは。どちらかといえば、幸村と仲が良かったのは私の方だったのに。

「男女の友情なんてそんなもんか」

仲が良いからといって、それがそのまま恋愛に発展するわけがない。ただ多くのばあいそういう道を辿るというだけで、必ずしもそうではないのだ。

(あーあ・・・未練がましい。馬鹿みたい)

1ヶ月前に親友の報告を受けて、彼女を応援すると決めたのに。まだ「好き」という気持ちを拭いきれない自分を、つばを吐き捨てるようにして自嘲した。

「・・・あらら、幸村じゃん」
「あ、おはよう峰里」
「おっはよー」

教室に入ると、それほど朝早い時間ではないのに、幸村がたったひとりで教室にたたずんでいた。私はそれに近寄り、自分の机に鞄をおろす。幸村と私は隣の席だった。

「・・・なっちゃんは?」
「今日は一緒じゃないよ」

彼はいつもの綺麗な微笑で私を見て、私はそれをどこか遠くを見るように見つめた。せっかく付き合ってるんだから、毎朝毎夕、一緒に登下校をすれば良いのに。そうやって見せ付けられた方が、諦めもつくというもの。他の子はどうか知らないが、少なくとも自分はそういうタイプだった。

「さっきさ、私の後ろにいた子たちが」
「なに?」
「幸村に彼女ができたとかなんとか」
「あぁ」
「さーっそく噂されちゃってるじゃん」

にや、と口元を嫌味ったらしく持ち上げると、幸村は肩をすくめた。噂って怖いよね、とかなんとか、当事者が言うんじゃちっとも面白くないっての。もうちょっと照れるとかさ、そういう反応はないんだろうか。彼がそういう性格でないことは十分に知っているが。

「・・・ん、そろそろ来るかな」
「なっちゃん?」
「うん。玄関まで行って来るよ。峰里は来るかい?」
「いや、行ったら変な勘違いされそうだから良いや」
「・・・周りに?」
「そ、周りに。目立つのは苦手なタイプなんでね」
「クス・・・、まぁ、いいけど。じゃあね」
「うん、じゃあね」

幸村は手を振って可憐に微笑み、最後に私の頭を撫でて玄関に向かっていった。別々に登校したくせに、玄関まで迎えに行くとか。過保護っていうか、愛し合ってるなぁ、っていうか。
大体、彼女いるくせに他の子の頭とか撫でたらダメじゃん。他の子にもこうするのかな。少なくともそんな姿を見たことはないけれど、恐らく、彼がなっちゃん以外にこんなことをするのは私だけだろう。なっちゃんの前でやらないだけ良いのかもしれないけれど、彼女がそのことを知ったら嫉妬するだろうな。少し良い気味だと思ってしまうのは、私の性格がもうずいぶんと捻くれてしまったせいだ。なっちゃんのことは好きだし幸せでいて欲しいけれど、でも自分の幸せだってできれば逃がしたくはなかった。

「あは、だから、私って馬鹿なんだ」

もっと私に2人の仲を見せ付けてくれよ。下手に私に優しくなんかしないで、その優しさの全部をあの子に注いであげれば良いじゃないか。友達だから、仲が良いからって、中途半端な優しさをもらうのが一番辛いんだ。

「あーあ、泣くくらいなら、さっさと告っちゃえば良かった」

ぼろ、と落ちた涙を乱暴にぬぐって、見事にまだ誰も来ない教室で、ひとり愚痴っぽく呟いた。





好きだよ、だからこそ、きみが大っ嫌いだ。
――――――――――――
いつもの如く暴走してます。
リクエストありがとうございました!

2013/1/8 repiero (No,88)


[一覧に戻る]
[しおりを挟む]

[comment]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -