||不安定


屋上には、夏の終わりを思わす生暖かな風が吹いていた。

「――それで、その2人はけっきょく離れ離れになっちゃったんだって」

フェンスによりかかるようにして立つ少女は、目の前の少年に向かってそう言った。少年はうなずき、少女の黒い瞳を慈しむように見つめる。少女はそれを数秒、何かをうったえるかのように見返してから、顔を背けた。
彼女達・・・、否、私たち2人が話していたのは、なんのへんてつもない、どこにでもあるような内容だった。昨日テレビで見た、あるカップルの悲恋物語。探せば現実にだってあるかもしれないようなありふれた話だ。

「なんで、お互いの気持ち伝えられんかったんやろなー」
「そうだね。それは私も思ったけど、でも実際難しいから」

述べた感想はたったそれだけ。私は少年、蔵の方を振り返り、じっとその瞳を見つめた。彼の表情は穏やかで、優しい。彼はいつだって、私のことを愛おしげに見つめてくれる。

「ねぇ。それで、思ったんだけどさ」
「なんや?」
「この話って、まるで・・・・・・」

そこまで言って私は言葉を止め、もう一度蔵の目を見てから、視線を地面に落とした。言葉は喉の奥に飲み込まれ、言えぬままに消えてしまう。
だって、言えるわけがない。
お互いに好きだったのに伝えることができなくて、関係が廃れて、そして遠く離れ離れになってしまって。
それがまるで、自分達のようだなんて、言えるわけがないじゃないか。

「今日で、付き合って1ヶ月だね」
「おん、そやな。ケーキでも食うか?」
「じゃあ私チョコケーキで」
「なんや、俺のおごりかいな」
「当り前でしょー?」

軽く笑って見せれば、蔵も嬉しそうに笑った。こんな気兼ねない会話、一体いつぶりにしただろうか。1ヶ月付き合ってみて思うことは、やっぱり彼のことが好きだというのと、やっぱり彼とはうまくいかないというのの2つだった。付き合う前の方が、こうやって一緒に話すことに躊躇いなどもっていなかったかもしれないとすら思う。
彼とうまくいかないのは、お互いのせいではない。それよりも、周りが。周りが、私たちの関係を邪魔しようとするから。

「蔵、ケーキいつ食べに行く?」
「そやなぁ。今日でええんとちゃう?駅前のとこで」
「今日?うーん・・・、今日はダメ。桜井さんたちがケーキ屋さんに行くって話してた」
「そか。じゃあ、明日は?」
「明日・・・、うん、たぶん大丈夫。明日がいい」
「ほな、明日な」

取り付けた約束は私にとって不確かなものでしかないが、蔵にとってはそうではないようだった。少なくとも、私とのつながりという風に思ってくれている気がした。彼はこの友達のような関係の中でも、私のことを恋人と捉えてくれている。それだけで十分なはずなのに、それでもこの関係が不十分だと感じるのは、一体何故なのだろうか。お互いに好きで、そして恋人として相手を認識できているのならば、本来それで足りないことなどないはずなのに。・・・心の奥底では、やはり私はまだ、大好きな蔵のことを「恋人」という見方に変えられていないということなのだろうか。その証拠に、私は彼に「好き」と伝えたことが一度もない。

「今日ってさ。特別な日なんだよね」
「? あたりまえやろ?」
「そっか。・・・うん。そだよね」

付き合って1ヶ月の日、か。
正直に思うことは、よく1ヶ月ももったな、という泥沼な感想。

私は蔵のことが好きだ。そして蔵も、私のことが好きだ。私はそれをわかっていて、蔵が自分のことを好きでいてくれるという確証がたしかにあったのに。・・・けれど、それを口にはできなかった。相手がいつか言ってくれるだろうという甘い認識の下に。

蔵はいとおしげに私を見つめ、微笑んで、頭を撫でた。私も嬉しそうに笑うけれど、同時に虚しいとも思う。それを別に、辛いとは思わない。けれど、彼の側にいることに意味を感じなくなった。

「ねぇ、蔵」
「・・・なんや?」
「あの、さ・・・・・・」


安定


「大好きだよ」なんて思い切って告げられたら、全部変わるのかな。
――――――――――――
名前変換がなくてすみません!
リクエストありがとうございました!

2012/10/24 (No,73) repiero


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