||感染


ピリリリ・・・ピリリリ・・・

ずっと遠くの方で、無機質な携帯の着信音が聞こえた。ぼやけた視界には窓の外の明空が映る。唸るようにして身体を反転させて、布団から手を伸ばす。それだけで外気が寒々しく感じられて、俺は携帯を取るなりすぐに腕を引っ込めた。

「あったま痛い・・・・・・」

声は掠れている。単に寝起きだからというわけではなく、喉そのものがやられてしまっているような感じだ。こんな時に電話をかけてくるなんて、一体誰だろうか。あらかた予想はついていたが、それだからこそその相手が恨めしく感じられた。

「もしもし・・・」
『あ、もしもし雅治?おはよ!』
「綾乃か・・・」

聞こえた元気な声は、やはり恋人である彼女のもの。声を聞くなり思わず溜息が漏れてしまって、綾乃に訝しげな反応をされた。幸い互いの様子はわからないから、無理矢理元気な風を装ってなんでもないと言った。「風邪を引いてしまった」なんてことがばれたら、彼女に何をされることか。
前に食べさせられた激辛のおかゆを思い出し、寒さとは別の意味で身震いした。

『ねぇ、今日ひま?これから会わない?』
「これから?・・・すまんが、用があるんじゃ」
『あ、そうなの?そっかぁ・・・じゃあ仕方ないね』
「おん。すまんの」
『ううん、良いよ。じゃあまた今度ねー』
「あぁ」
『・・・あ、待って待って。雅治、なんか元気なくない?大丈夫?』
「そんなことないぜよ。元気じゃから安心しぃ」
『・・・・・・そう?それなら良いけど。・・・じゃあね』
「またな」

電話を切った。耳に宛てていた携帯を、力なくベッドの上に落とす。身体が酷くだるくて、起き上がろうにもなかなかうまくいかない。本当は食事を取るか、冷えピタを張るかぐらいはした方が良いのだけれど。最近急に冷えてきたから、それで風邪を引いてしまったのだろう。

(だる・・・)

普段の倍の重力を受けているかのような感覚だった。俺は視線をふらふらと宙に彷徨わせ、それからゆっくりとまどろむように瞼をおろした。





「・・・ん・・・・・・」

次に目を覚ました時、額に生温いものが乗っているような感覚があった。薄く目を開くと、脇に誰かがいるのが見える。その人は俺の額に乗っていたもの・・・タオルを取り、少しすると冷たく濡らし直したものを持って戻ってきた。

「綾乃か・・・?」
「・・・あ、雅治起きた?おはよー」
「なんでここに・・・」
「んー、なんか電話した時様子が可笑しかったからさ、見に来てみたらドア開いてたから。勝手に入ってごめんね。風邪引いてるなら素直に言ってよ」
「・・・わざわざ、来てくれたんか?」
「まーね。心配だったし」

そう言って綾乃は快活に笑い、俺の頬にそっと手を添えてきた。優しげな微笑に俺も弱弱しく返し、彼女の手に自分の手を重ねる。眠る前より暖かい気はするが、それでも彼女の手に当ててみると、自分がどれだけ冷え切っているかを実感させられた。

「あーほらほら、まだ寝てなきゃだめだよー」
「おかんみたいじゃな」
「おかん言うなし。彼女だ彼女」
「じゃあ奥さんかの?」
「奥さんって・・・ダーリンあたしの作ったおかゆ食べてー!なんちて」
「全力で遠慮しておくぜよ」
「なんだよ酷いな。前回雅治にさんざんに言われたから、私だって練習したの。ほら、美味しいはずだから食べてみてよ」
「これで不味かったら今後一切おまんの料理は食べんがええか?」
「うっ・・・、い、いいよ。自信あるもん」

ずい、と器を差し出され、俺は身体を起こして受け取った。綾乃がふんぞり返って見守る中、それを口に運ぶ。今度も激辛か、はたまた激甘になっているのか。しかし覚悟したわりにはあまりに平凡な味が口の中に広がり、俺は驚いて目を丸くした。

「どうよ。美味しいだろ」
「・・・正直びっくりしたが、美味いぜよ」
「やった!私だってやろうと思えばできるのよ」

おかゆで誇って良いのかどうかは疑問だが、なんにせよ風邪を悪化させる羽目にならなかったのはありがたいと思った。

「・・・ごちそうさま。ありがとな」
「おう。言ってくれたらいつでも作ってあげちゃうんだからね」
「・・・おかゆをか?」
「もちろん!」
「綾乃、まずはレパートリーを増やすことから始めようかの」
「あう・・・」

冷静な突っ込みに、綾乃は何も言えずに肩を落とした。俺はそんな様子に小さく笑みを浮かべ、再び身体を横にする。食べたことで身体も温まったし、さっきよりも調子が良い気がしていた。額に乗せるためのタオルを濡らしに行こうとした綾乃を制し、俺は彼女の顔を引き寄せる。

「・・・!」
「これで風邪が移ったら、2人一緒に休もうかの?」
「・・・ばか」

重ねた唇は柔らかくて、俺はそんなことを考えてつい笑ってしまった。頬を染めてそっぽを向いた可愛らしい彼女に、俺は小さく微笑んだ。





その次の日、朝一の電話は彼女からの怒りの電話でした。
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風邪っぴき仁王。
リクエストありがとうございました!

2012/9/27 repiero (No,70)


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