||夜這い星


『蓮二の馬鹿っ! もう知らない!!』

・・・なーんて、典型的なセリフを吐いてしまってから、

「はぁ・・・・・・」

もう、一週間が過ぎようとしていた。

溜息をついた私にいつも答えてくれる人は、今日はどこにもいない。私には勿体ないぐらいかっこよくて完璧な私の彼氏とは、一週間前に些細なことで喧嘩をしてから、何の連絡も取っていないのだ。彼と仲直りがしたくて、ずっとメールだけでも送ろうとは思っているのだが、それすらもチキンな私には難しいようだった。
時計を見れば、すでに時間は12時をまわろうとしている。ふと窓の外に視線をやると、幻聴のように蝉の声が聞こえた。勿論今は真夜中なので、蝉の声なんていうのは全く聞こえないのだが。代わりとばかりに広がった夜空が、これでもかとばかりに輝いて見えた。

「謝んなきゃなぁ」

喧嘩の原因というのは、私ではなく蓮二にある。デートの約束を突然断られたかと思えば、本人は中学・高校時代の友人と普通に遊んでいた・・・、それに腹が立ったのだ。私だって友達との約束を優先させてもらったことはあったけど、それでもその時はちゃんとそれを伝えてから断った。でも蓮二は理由もなにも言ってくれなかった。だからどうにも腹が立って、彼を怒鳴りつけてしまったのだ。
それを知った当時はもう頭に来ていてすぐに怒ってしまったが、よくよく考えてみれば、そこまで怒る必要もなかったような気がする。彼だって友人と遊びたいだろうし、なにより彼らと会うのは高校卒業以来、つまり2年ぶりだったらしいのだ。成人式の時には全員には会えなかったらしいし、遊びの誘いが来たのなら断りたくないというのは当然だろう。それを私の都合で、怒ってしまった。原因は彼と言えど、謝らなければいけないのは私の方だろう。

「メールも電話も気まずいし・・・かといって直接会うのも・・・・・・」

窓辺に肘をついて、夜空を見上げながらぶつぶつと呟く。いっそのこと流れ星が願いを叶えてくれたら楽なのに。そんな事を考えてうーんと頭を悩ませている最中、突然チャイムが鳴った。ぴくりと、身体が震えた。

(・・・誰?)

私はアパートに一人暮らし。こんな夜中に尋ねてくるような知り合いはいないし、家族もさすがにこの時間には来ない。つまり、今この扉の前に立っているのは、蓮二か不審者の、・・・二択。玄関へ進んでいく足が震える。ばくばくと心臓が高鳴った。蓮二かもしれない。でも、喧嘩中の彼が尋ねてくるだろうか。もし彼でなかったらどうしよう。私はごくりとつばを飲み込んで、そっと扉の奥を覗き込んだ。

「・・・!」

ガチャ、と扉を開けた。そこに立っていたのは、蓮二だった。彼は私が扉を開けるなり、嬉しそうに柔らかく微笑んだ。

「誰かと思ったよ・・・」
「ふっ・・・、俺以外にありえるか?」
「・・・不審者とか」
「その可能性もありえるが・・・、今夜の場合、確率は極めて低いぞ」
「なんで?」
「決まっているだろう、俺がいるからだ」

あぁ、なるほど。思わずそう呟いてしまった。
蓮二はこれから時間はあるかと言って、うなずいた私に部屋の鍵を閉めるよう促した。不思議と気まずい感じはない。ガチャガチャと鍵を閉めながら、私は彼の様子をそっと窺った。怒っていないのだろうか、あんなに怒鳴ってしまったのに。

「どうした、綾乃」
「う、ううん。なんでもないよ」

少し無理矢理に笑って、差し出された手を取った。繋いだ手の温もりは、前と同じだ。蓮二はゆっくりとした歩調でふらりと歩き出した。どこへ行くつもりなのだろうか。

「ねぇ蓮二、どこに・・・」
「すぐわかる」

そうは言うものの、蓮二は普段あまり通らないような道ばかりをどんどんと進んで行く。夜なのも相まって、気を抜くとすぐにここがどこかわからなくなってしまいそうだった。たしか、こっちには土手と川しかなかった気がしたんだけど・・・。少し都会から離れたところに住んでいるから、この辺りはわりと田舎だ。

「蓮・・・」
「ほら、綾乃。見てみろ」
「え?」

つられるように見上げ、目に入ってきたのは・・・満点の星空だった。

「う、わ・・・・・・」
「綺麗だろう?」

感嘆の声を漏らしながら、呆然とうなずく。暗い藍色の空に輝く小さな星たちのひとつひとつが、とても美しく輝いていた。口をぽかんと開いてアホ面になった私に蓮二が小さく笑って、でこを弾いた。慌てて口を閉じれば、蓮二がまたクスクスと笑む。馬鹿にしてるのかと憤慨したくなった。

「ずいぶんと変な顔をしていたぞ」
「うるっさーい!」

相変わらず笑うのをやめない蓮二に唇を尖らせて見せれば、彼は肩をすくめて小さく微笑んだ。それから少しの間空の方を見上げて、

「綾乃、この前の事はすまなかった」
「・・・え?」

そう言った。その時にはすっかり喧嘩の事を忘れていた私は、びっくりしてまた阿呆面になってしまう。蓮二は笑って私の頭を撫ぜ、また口を開いた。

「俺も、あいつらに会えると思って舞い上がっていてな。お前への気遣いができなかった。すまない」
「・・・蓮二でも、舞い上がることとかあるんだ」
「俺だって人間だ。というか、突っ込みどころはそこか?」

冷静に切り返された。サーセン。

「蓮二は悪くないよ。私がついカッとなっちゃっただけ。だから気にしないで」

夜空を見ながら、小さく呟いた。きらり、と空の奥が一瞬だけ光ったような気がした。きっと流れ星だ。

「綾乃」
「、」

名前を呼ばれたと思った直後、視界が塞がれる。頭一つ分も身長の高い蓮二に引き寄せられて、あ、と声を上げる前に唇を重ねられた。夜空で埋め尽くされていた視界が、今度は蓮二でいっぱいになる。

「・・・っ、んじ、」
「愛してるよ」
「!」

囁かれた声に真っ赤になる私を見て、蓮二は可笑しそうに笑っていた。


這い星


流れ星がひとつ、きらりと落ちていった。
――――――――――――
夜這い星と言うのは、流れ星の昔の呼び方だそうです。
よばい=呼ばうで、「ずっと呼び続ける」なんて意味があったそうな。
内容はあまり関係ありませんが。

リクエストありがとうございました!

2012/8/19 repiero (No,63)


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