||サプライズバースデー
薄く雲のかかった青空の下、零れ落ちる桜の雨。青と桃の柔らかなコントラストが風に吹かれて、そよそよとまるで微笑むように私の頬を撫ぜた。
春。私の一番好きな季節。
この季節特有の優しく暖かな風は、確かに今日が私の「誕生日」であると告げていた。
「綾乃、おはようさん」
「ん、おはよー」
毎朝迎えに来てくれる私の彼氏。寒がりな彼は、春になった今でも至極温かそうな格好をしている。蒼白なまでに色白な肌が少し羨ましかったりしないでもなかった。
「今日はちょっと寒いのぉ」
「そうだね」
いつもと変わらない登校路の筈なのに、今日は一段と胸が弾んだ。なんたって、一年に一度しかない特別な日なんだから。てっきり一番初めに「おめでとう」って言ってくれると思っていたのに、雅治は特に何も言ってくれなかった。忘れてるとかだったら、後で張り倒すつもりデス。
「あ、綾乃。そういえば・・・」
「え?」
「今日、テストあったよな」
たしかにありますけど。私の嫌いな英語のテストがありますけれども。
「そういえば」なんて言うからようやく「おめでとう」って言ってくれるのかと思ったら、テストの話なんて。私の誕生日はテストより重要性が薄いのか。いや、実際そうなのかもしれないけども。
「一回滅びろ」
「・・・な、何がじゃ?」
「え?いや・・・、うん。テストの話」
「あぁ、おまん英語苦手じゃったか」
いや得意だよ。嫌いなだけで。っていうか私はテストじゃなくて雅治に滅びろって言ったんだけどね。
グダグダと会話を続けている内に、とうとう学校についてしまった。結局「おめでとう」って言ってくれなかったな。雅治はこれから朝練か。あーあ、マジで滅びれば良いのに。毛根が。
「しばらく暇だなー」
しかも3階まで上がるのキツいしダルい。教室に行ったら案の定誰もいなかった。しばらくして親友が来たけど彼女も同じく「おめでとう」とは言ってくれなかった。ちくしょう皆忘れてやがるな。
「なーに、そんな不機嫌な顔して」
「べっつにー」
それから朝練が終わる頃には雅治も帰ってきてクラス全員が揃ったけれど、誰一人として私に「おめでとう」と言ってくれた人はいなかった。
◇
「・・・どういうことなの」
雅治はこの際諦めるにしても、誰も私の誕生日に気が付かないなんて。まるで私の誕生日そのものが「なかった」事にされたみたいに、誰も何も言わない。ちょっと待って、私ってそんなに人望なかった?少なくともクラス委員とか班長に推薦されちゃうくらいには人望あるはずだったんだけど。あれ、もしかして実は今日、誕生日でもなんでもなかったとかそういうオチじゃないよね。・・・うん、やっぱり誕生日だよな。そしてほっぺ痛い。夢ではないらしい。
「あ、綾乃!」
帰り際、委員会が一緒の、別のクラスの友人に声をかけられた。他のクラスの人達はもう帰り始めているようだけど、私のクラスメイトたちはまだ教室に残っている。
「おー、どしたのー?」
「お前さー、今日誕生日だろ!おめでt・・・」
「「「「「ああああああああ!!!?」」」」」
「!?」
友人の男子生徒が「おめでとう!」と言ってくれようとしたその瞬間、クラスメイト全員が叫んだ。そして男子生徒の周囲にいた人達が、何故か男子生徒に制裁を加え始める。あ、ちょっと、叩くのは流石に可哀想な気が。っていうか彼が一体何をした!?
「あーあ、せっかく上手くいってたのになぁ」
「アイツのせいで台無しだよ!・・・ちょっとあんた、わかってんの!?」
「よ、よくわからないけどゴメンナサイ」
男子生徒は目を白黒させたまま謝罪。とりあえず何があった。
「あの、みんな、一体何が・・・」
私が口を開くと、皆が一斉にこちらを見た。え、なにそれ怖い。そしてその中で、親友が苦笑いしながら言った。
「だーかーら、誕生日!今日、綾乃誕生日でしょ?」
「え?あれ、忘れてたんじゃ・・・」
「忘れてるわけないじゃん!サプライズしようと思って、皆に「おめでとう」って言わないように頼んでたの」
「・・・うっそん。私は皆に忘れ去られたかと」
「あーもう、とにかくおめでとう!後は仁王君の出番だよ」
「おん、任せときんしゃい」
「え?ちょっ、雅治!?」
親友に押し出されて雅治の前に躍り出た私を、雅治は軽々と持ち上げた。そのままお姫様抱っこ。ちょっと待った、恥ずかしいんですけど。なんか皆ニヤニヤしてるんですけど。クラスメイト以外からの視線もなんか怖いし痛い。
「そんじゃ、行くぜよ」
「いや、あの、えええええええ!?」
雅治は私を抱えたまま階段をのぼり、周囲の視線や悲鳴なんてものともせずに私を屋上まで連れ出した。ようやくおろされた瞬間、私は雅治を殴ってやった。痛いとか酷いとか色々聞こえたけど全てスルー。だって今、顔真っ赤だもん。そっちに顔向けたらたぶん笑われると思うから。
「ま、ともかくおめでとさん」
「・・・ありがとう」
「俺からプレゼントがあるんじゃが、背中を向けとるって事は受け取りたくないんかの?」
「・・・いりマス」
「ほーかほーか、じゃ、こっち向いてくれんか?」
「無理」
「なんでじゃ」
「無理なもんは無理なの!」
「・・・仕方ないのぉ」
はぁ、と後ろで溜息が聞こえたと思った直後、不意に腕を引っ張られた。それにつられて振り返れば、間近に雅治の顔があった。一瞬、息が止まる。唇に当たった柔らかな感触は、確かに雅治のそれで。キスをしている、という事に気がつくのに、そう時間はかからなかった。
「・・・ゆでダコみたいになっとるよ」
「う・・・、るさいっ!!」
慌てて押し離して、再び背を向けた。雅治が笑っているのが、嫌でもわかった。だから顔を見られたくなかったのに。
「誕生日、おめでとう」
すぐ後ろから声が聞こえて、首に何かをかけられた。恐らく誕生日プレゼントなのであろう、ネックレスだった。
「嬉しい?」
「・・・! こっち見んな!」
顔を覗き込まれて、すぐさま雅治を手で追いやった。しゃがみこんで顔を見られないように隠せば、呆れたような笑い声が聞こえた。でもその直後、好いとぉよ、なんて甘っちょろいセリフも聞こえて、つられて思わず笑ってしまった。
「玄関で待っとるから、落ち着いたらきんしゃい」
「・・・良いよ、今行く」
「ほぉかほぉか」
にっこりと笑った雅治の表情があまりにもかっこよすぎてムカついたから、ついまた叩いてしまった。あーもう、最悪だよ。
「じゃ、帰ろうか」
「玄関までお姫様だっこしてってやっても・・・」
「遠慮する」
「なんじゃ、つまらん」
サプラ
イズ
バー
スデー
その翌日、クラスメイト達に「あの後どうなったのか」と質問攻めにされたのは言うまでもなかった。
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長くなってしまいました。
リクエストありがとうございました!
2012/8/6 repiero (No,57)