||さようなら
雪が降ると思い出すのは、綾乃のことだった。綾乃は俺の自慢の彼女で、もう付き合い始めて1年になる。彼女は雪が降ると毎回馬鹿みたいにはしゃぐから、だから雪を見ると彼女を思い出した。というか、俺の場合周囲にあるものの大体に彼女との思い出があるから、何を見ても思い出すのは彼女の事なのだが。
ぴんぽーん
チャイムが鳴った。雪が降り始めてほんの数分しか経っていないが、恐らく綾乃だろう。
「おはようっ、蔵! 今日は楽しい楽しい休日だよ!雪だよ!」
予想通りそこには綾乃が立っていて、相変わらずのハイテンションを見せ付けてくれた。まるで彼女の回りだけ春が来たかのように明るい。影ひとつない、華やかな笑顔だった。
「おはよう。俺、まだ眠いんやけど」
「なに言ってんの、もう9時だよ!? 雪合戦しよう!」
「ダメ。今日は俺、こたつでぬくぬくするって決めとったんやから」
「そんな事言ってないで早く!・・・って蔵!?」
「遊びたいなら一人でなー」
「ええええ」
ひらひらと手を振って、彼女を玄関に置いたまま自分だけ中に入った。そうすれば雪合戦を諦めるかとも思ったが、
「蔵のばーかっ!」
彼女はそう叫ぶと、外で一人で雪だるまを作り始めてしまった。そこ、俺ん家の庭なんやけど。こたつでぬくぬくとしながら窓の外を眺める。彼女はせっせせっせと雪だるまを作っていて、俺の方は見向きもしない。頬杖をついてそれを見つめていると、不意に彼女が消えた。あれ、少し目を離しただけなんやけどな。
ぴんぽーん
「・・・ん?」
もしかして、と思いつつ玄関に出て、扉を開けた。するとそこには不貞腐れた顔の彼女が立っていて。
「どないしたん?」
「・・・蔵がいないとつまんない!あと寒い!」
「そりゃご苦労さんやな。中入るか?」
「いや、蔵と一緒に雪だるま作る」
「せやから俺は・・・」
「これ強制ね」
「えぇー」
ぶーたれた俺も知らぬ顔で、彼女は俺を外へと引っ張り出した。俺、防寒具ほとんど身につけとらんのやけど。そう言うと、彼女はなんで着てないんだと言って俺を中へ押し返した。んなアホな。
「ほら、蔵見て!雪だるま!・・・のからだ!」
「おぉ・・・体やな」
「蔵、頭作ってよ。私顔書きたい」
「ええよ」
雪玉を手袋の中に作り、周囲の雪もとって少しずつ固めた。どんどんと大きくなっていくそれに、綾乃はどこか嬉しそうな顔をしていた。
「はい、完成」
「のっけてのっけて!」
綾乃のつくった体が思いの他大きかった為に、頭もそれなりの大きさだ。けっこう重い。腰が砕けそうや。
「はい、蔵にんじん」
「・・・まさかこれ、鼻か?」
「そうだよ」
それだけの為ににんじんを用意したのか。あっぱれと言いたい。しかし彼女は平然と
「蔵のお母さんに準備してもらった」
と言ってのけ、少し唖然とした。全くこいつは。
綾乃はどこからか拾ってきた小石をいくつか顔に埋め込み、俺はその中央辺りに鼻、もといにんじんをさした。小石は目と口のつもりらしい。両脇に木の枝がさされたりなんかして、割と立派な雪だるまだ。綾乃はその枝に自分の手袋をかけて、満足げに鼻を鳴らした。
「うまいこと作ったな」
「うん、良い感じ。・・・また思い出、できたね」
「・・・そやな」
小さくうなずいた俺に、クスクスと綾乃が笑った。俺も笑い返すつもりでそちらを見て、でも彼女の横顔が何故か泣きそうだったから笑いかける事ができなかった。眉を顰めた俺には気がつかないふりで、彼女が俺の方へ向き直る。
「蔵、そこ立って。目、つぶって」
「・・・おん」
「10数えたら、開けていいよ」
「・・・・・・おん」
どこか緊張した雰囲気だった。視界は真っ暗、雪の冷たさだけを肌に感じる。そして俺は、少しゆっくりと数え始めた。
「いーち、にー、」
近付く気配がして、彼女が目の前で止まったのがわかる。
「さーん、し・・・、!」
4つ目を数えようとしたところで、唇に柔らかいものが触れた。たぶん、彼女は今精一杯の背伸びをして俺にキスをしている。目を開けようとした俺に彼女は、
「だめ、まだ開けないで。10数えるまでは、だめ」
そう釘を刺した。再び数え始めると、彼女が離れるのが気配でわかった。そういえば、雪は一面に降り積もっているはずなのに、足音がしない。少しは何かを踏みしめる音がしても良いのに。
離れていく彼女に、どこに行くつもりだ、と手を伸ばしたくなった。嫌な予感がして、目を開けたいけれど彼女の言葉のせいで開けることができなかった。
「ろーく、しーち・・・」
「蔵、」
「・・・はーち、」
「好きだよ」
「きゅーう、」
「・・・さようなら」
(・・・え?)
少し離れたところで、そんな声がした。俺の数える声が止まった。彼女の声は聞こえない。足音も聞こえない。
「・・・じゅ、う」
俺はようやく、最後の数を数えた。もう目を開けても良い。でも開けたくなかった。俺はゆっくりと、しかし確実に目を開ける。真っ白な視界に・・・彼女の姿はない。俺は振り返った。綾乃の手袋がつけられたままの、雪だるまだけがそこにある。右を向いた、左を向いた、上まで見た。でも、彼女はいなかった。
「綾乃・・・、?」
その時、電話が鳴った。家の中からの音だったが、扉を開けっぱなしだったからよく聞こえた。慌ててそちらに駆ける。電話に出た。綾乃の声を無意識に期待したが、帰ってきたのは母親の声だった。
『もしもし、蔵ノ介!?』
「なん、や」
『あんたの彼女の、綾乃ちゃんが・・・』
「・・・・・・」
『事故に、遭ったんやって』
「・・・・・・っ!!?」
どういうことだ。可笑しい、そんなの嘘だ。そんなはずがない。だって綾乃は、ついさっきまでここにいて・・・、
さ
ような
ら俺と、笑ってたのに。
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幽霊ネタです。
最初は主人公がお引越ししちゃう予定で書いていたのですが、いつの間にやらこんな形に。
リクエストありがとうございました!
2012/7/24 repiero (No,56)