||ジェラシー


「大好き」

なんて言葉を簡単に吐いてしまうのは、彼女くらいなものだろう。

俺の彼女は完璧な人だった。可愛くて、明るくて、なんでもできて、人気者で。一見探せばどこにでもいそうな人ではあるが、データマンである俺ですら時々わからない事があるほどに綾乃はミステリアスな雰囲気を持っていた。
いや、正確に言えば彼女はミステリアスなのではなく少し変わっているだけなのだろうが。

「綾乃、これ。探してたでしょ?」
「うぉぉマジで!?ありがとう!大好き!」
「あ、おい峰里。これやるよ」
「えっ、くれんの?ありがとう、大好き!」

彼女と誰かの会話を聞いていると、飛び出てくるのはそんな言葉ばかりだった。彼氏である俺にだって勿論それは変わらない事だが、綾乃は誰にでも「大好き」という言葉を使う。恐らくそこに深い意味はないのだろうが、女子はともかく男子がそれに少しニヤついているのが気に食わない。

「綾乃」
「ん?あっ、蓮二!」

俺の方を振り返った瞬間、ぱっと表情が華やいだ。そんな彼女は本当に嬉しそうな顔をしていて。俺の気なんてまるで知らずに。しかし彼女の笑顔を見ると全てがどうでもよくなってしまうのはもはや病気なのだろう。他の人間だけでなく、俺までもが彼女の笑顔に騙されているような気になる。

「今日は、一緒に帰ろう」
「・・・うん?良いよ?」

彼女は不思議そうな顔をしてうなずいた。俺たちはあまりこういう約束はしない。約束なんてしなくても朝と放課後は一緒に登下校をしているし、デートの時だってなんとなくいつも約束無しで済ませてしまっているからだ。
だから、綾乃からならともかく「俺から」約束を仕掛けてきたのが不思議だったのだろう。

「じゃあ、また帰りに」
「うん、ばいばい!」

相変わらず笑顔の彼女に小さく微笑んで、その場を去った。





「蓮二ー!お疲れ!」

部活を終えると、いつものように綾乃が校門のところで待っていた。大半の生徒はもう帰路についた頃であるから、付近に人は少ない。普段と変わらないこの光景が、今は酷く新鮮に思えるのは彼女と交わした約束のせいかもしれなかった。

「じゃ、帰ろっか」
「あぁ」

互いに微笑。手を繋いで歩き出せば、柔らかな風を肌に感じた。これまで通りであれば何かしらの会話があっただろうに、今日はそれもない。一段と静かな空間に目眩を覚えそうだった。
彼女の「大好き」という声と笑顔が脳内に反響する。俺はそれを思って彼女の手のひらをキツく握り、少しだけ顔を顰めた綾乃に小さく言った。

「綾乃は、俺が好きか」
「え?」

綾乃は驚いたように目を瞬かせる。

「なに言ってんの、大好きだよ」

なんら可笑しな事ではない、とばかりに彼女は言う。言い慣れた口調に、唇を噛む。そんな言葉ではなくて、もっと特別な言葉が欲しいのに。醜い嫉妬だ。

「なら、お前のクラスメイトの事はどう思っている」
「えぇ?うーん・・・、大好きだけど」
「・・・そうか。俺とそのクラスメイト達は、お前にとって同じ存在なのだな」

綾乃が驚いたようにこちらを見た。俺は足を止める。彼女も足を止める。

「・・・蓮二」
「・・・・・・」
「私は、蓮二のこと、好きだよ。他の人達とは違う、恋愛感情で」
「でも同じ「大好き」なのだろう?」
「うん、そうだね。でも意味は違う」

呟きのような言葉に、俺は彼女を見た。彼女もまた俺を見ていた。綾乃の視線は強く、それでいて真剣で。

「私は、蓮二が私の事を好きでいてくれているのと同じくらい・・・蓮二の事が好きだよ。賭けても良い」

だから、と彼女は続けた。

「だから・・・そんな泣きそうな顔、しないで。蓮二には似合わないよ」
「・・・全く、お前には敵わないな」
「そうかな?」
「あぁ。・・・愛してるよ」

俺の言葉に、彼女は嬉しそうに、照れたように笑った。「好き」ではなく「愛してる」と告げたのは始めての事だった。
笑みを交わした俺たちの肌を、また風が撫でていく。まるで祝福するかのような、優しい風だった。


ェラシー


嫉妬しても、最後には手を繋ごう。
――――――――――――
柳の嫉妬という事で。
リクエストありがとうございました!

2012/7/21 repiero (No,53)


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