||雨色感情


「はー。憂鬱だわ」

窓辺で頬杖をついて、やる気の欠片もない瞳で窓の外を見上げる少女が呟いた。溜息交じりのその言葉は同じ部屋で読書をしていた俺の耳にも確かに届いて、それにふと顔を上げた。彼女は相変わらず窓の外を見つめ、それなりの勢いで降り続ける雨粒を気だるげに眺めている。その横顔はいつもと変わらず可愛らしく、しかしどこか投げやりな雰囲気を醸し出す。窓ガラスにぶち当たっては落下して行く雫が、今の彼女の雰囲気そのものであるように思わせた。

「雨は嫌いかい?」

視線は本へ戻し、声だけは彼女へと向ける。すると綾乃はフンと鼻を鳴らして、

「当然。雨が降ったら何もできないもん」

なんて事を言った。と、いう事は梅雨である今は彼女の天敵か。俺はそれに小さく微笑む。

「デートが潰れてご機嫌斜めってことかな?」
「まー言い換えればそうかな」

ずいぶんと可愛らしいことを言うものだ。でも確か俺の記憶では、1年前は雨が好きだなんて言っていたような気もするのだけれど。
その時は彼女とまだ付き合っていなくて、それどころか俺は彼女の事を知らなかった。けれどある雨の日、玄関で右往左往する傘を忘れた様子の綾乃が無性に気になって、声をかけたのが始まりだったのだ。それから俺の傘で一緒に帰って、その後はまぁ・・・とんとん拍子だった。

「別に出かけても構わないよ」
「雨がうっとおしいからやだ」
「わがままだね」
「うるさいな、知ってるでしょ?」

と、そこで彼女がこちらを見た。俺の方は本を見たままだが、気配でわかる。彼女は今、少しむすっとしてこちらを見ているに違いない。
顔を上げると、案の定綾乃はそんな表情だった。俺が苦笑気味にそれを見返せば、彼女は唇を尖らせてまた窓の方を向いてしまった。数え切れるわけも無い雨の数を見つめて、一体何が面白いんだろうか。

「あーあ、傘忘れちゃったし、今日はしばらく帰れないね」
「傘貸そうか?」
「えー、悪いから良いよ」
「早く帰らないと心配されちゃうんじゃない?」
「別に連絡入れられるし」
「俺が送ってってやろうか」
「良いって」
「でも帰れないと不味いだろう」
「・・・わかってないなぁ」

綾乃は再びむすっとした様子で溜息。俺はそれに首を傾げ、数秒後、やっとの思いで彼女の言いたい事を理解した。

「・・・帰りたくないの?」
「・・・・・・うん」
「クス・・・仕方ないね。今日は好きなだけここにいて良いよ」

そう言うと、彼女がぱっと顔をあげた。こちらを上目遣いに見て、良いの?と尋ねてくる。軽く頷いて見せれば、嬉しそうに笑った。あぁもう、その笑顔は反則だろう。

「俺と一緒にいたいなら素直に言えば良いのに」
「素直になれないのが女心なんですー」
「はいはい、鈍くて悪かったね」
「精市は鋭いほうだよ。仮に真田くんだったら3日はかかったんじゃない?」
「そうだね、帰りたくないなんて言ったら逆に怒られそうだ」

彼女に向かって怒鳴りつける姿をありありと思い浮かべ、思わず小さく微笑む。彼女も同じ事を考えたようで、噴出すようにして笑った。

「・・・あ、雨やんできたよ」
「えー!?なにそれ!」

折角精市のところにいる良い理由ができたのに、と彼女が苦々しげに呟く。別にそんな理由をつけなくても構わないのに。これだから雨は嫌いだ、なんて溜息をつく綾乃の横顔に、そんな事を思った。

「そういえば綾乃」
「なに?」
「偶然にも今日は、親が帰ってくるのが遅いんだ」
「!」


色感情


一瞬驚いたように、しかし嬉しそうに笑った彼女を見て、意味も無くあぁ、と呟いて小さく笑った。
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梅雨をテーマに、ということで。
リクエストありがとうございました!

2012/7/1 repiero (No,48)


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