||祭りの夜


毎年恒例の行事。皆が楽しみにしている、無くてはならないもの。

・・・そうわかっているのに、どうしてこうも苦しいのだろうか?

窓の外を見つめてそんな事を思い、無意識に唇を噛んだ。今日は1年に一度、3日連続で行われる夏祭りの2日目だ。誰かと一緒に行きたいところではあるが、生憎自分にはその相手がいない。
ふ、と息を吐いて、窓の外から視線を外した。机の上には、やりかけの宿題がのっている。それに一瞬手を伸ばしかけて、やめた。どうにもやる気が起きないし、きっと色々と思い出してしまって集中できないだろうから。

夏祭りの夜と言うのは、どうしてこうも切なくなるのだろうか。ふとその情景を思い浮かべただけでも、胸が締め付けられるような気分になる。
もしかしてそれは自分だけなのかもしれないと一瞬思ったが、以前クラスの友人が「夏祭り」という単語を聞いた瞬間に気落ちしていたのを思い出し、きっと皆そうなのだろうと思い直した。・・・いや、彼には確か恋人がいなかったと思うから、もしかしたらそのせいもあるのかもしれないが。

そんな事を考える内、ふと自分のテニスの相方である仁王の事を思い出した。彼は、つい今朝まで恋人と喧嘩をしていたのだが、めでたく仲直りをしたそうだ。今日の祭りも一緒に行けることになったと、メールで喜んでいたのを思い出し、ほんの少し微笑んだ。

1年前までは、自分にも恋人と呼べる人がいた。自分は今でもその人の事を愛しているし、彼女もまたそうだったら良いと思っている。それは聊か我侭すぎる願いなのかもしれないが。

「・・・・・・」

頭の中に彼女の笑顔が思い浮かんで、ふ、と息を吐いた。まだ自分は、彼女との間に起こしてしまった「罪」を忘れられずにいる。彼女がこれを知ったらなんというだろうか。当然だと言って軽蔑の眼差しを向けるのだろうか。それとも、早く忘れろと言って怒るのだろうか。

「・・・無理ですよ。私には」

ぽつり、と呟いて、目を閉じた。そうして少しずつ、あの時の事を思い起こしていった。





丁度今から1年前、夏祭りの日。自分は彼女と祭りの会場を一緒に回っていた。今までデートというデートを全くしていなかった為か、それとも夏祭りという特別なイベントのせいか、彼女がとてもはしゃいでいたのを覚えている。そして、そういう自分もまた、少し気分を高揚させていたのだ。

『楽しいね!』

買ったばかりのわたあめを食べながら、こちらを振り返ってそういう彼女に、自分もクスリと笑い返した。ぎこちなく繋がれた手が、ぎゅ、と握られて、自分もそれに強く握り返す。

『・・・ね、ひろ君。また来年も来ようね』

別れ際にそう言って笑った彼女の顔は、今でも鮮明に脳裏に描く事ができる。

そして、自分が彼女に会ったのはそれが最後となった。

・・・そのまま自分は、彼女と遊ぶ事無く夏休みを過ごした。部活やらなんやらの関係で、時間が噛み合わなかったせいだ。
今思えば、どうして無理にでも彼女と会う時間をつくらなかったのかと悔やむところであるが。そもそもそれができていたら、今こうやって回想する事もなかっただろうに。考えれば考えるほど、愚かな自分がねたましかった。

夏休み明け、久しぶりに彼女に会いにクラスまで行くと、彼女は休みだった。学校が始まる初日から休みだと聞かされたものだから、かなり驚いた。それから彼女にメールを送って、そのまま何もせずに次の日になった。
そして次の日、もう一度クラスに行くと、そこにいたクラスメイト達に気まずそうな顔をされた。何かあったのかと尋ねれば、"あの子、転校したよ"と一番近くにいた女子生徒が答えた。

『・・・え?』

一瞬、頭が真っ白になった。それから慌ててクラスを飛び出して、まだ1限目すら始まっていないのにも関わらず、学校を出た。後にも先にも、学校をサボったのはあの日だけだろうと思う。
すぐに彼女の家まで走って、チャイムを押した。しかし彼女はいなかった。その家族すらも。・・・すでに、引越しを済ませた後のようだった。

『・・・っ、』

携帯を取り出して、彼女に電話をかける。1コール、2コールと無機質な音が響く度、焦燥感に苛まれる。酷く混乱していた。

『・・・もしもし』

聞こえてきた声に、ほっとした。そしてすぐに彼女に問う。転校したとはどういう事だ、なぜ自分に何も言わなかったのだ、と。

『理由は、言えない。どうしてひろ君に伝えなかったのかも、言えない。・・・でも、黙ってたのは悪いと思ってる。ごめんね』
『なら、どうして・・・・・・』
『・・・あのね、きっといつか私の転校してった理由を知る事になると思うの。だけど、ひろ君はその事をすぐに忘れて欲しい。それで、別に好きな子を作って、その子と幸せになって欲しい』
『なにを、言っているんですか』
『・・・ごめん。もう、切るね』
『待っ、』
『さよならひろ君、大好き』

そう言って、電話は切られた。慌ててもう一度かけたが、彼女が電話に出る事はなかった。数日経つと、電話番号もメアドも全て変えてしまったようで、彼女とは完全に連絡がとれなくなってしまった。

そして数週間後、彼女の転校していった理由を知った。・・・ファンクラブからの、いじめの悪化だった。





そこまで思い出したところで、考えるのをやめた。もうこれ以上、思い出したくは無い。辛くなって、尚更忘れられなくなってしまうだけだ。

携帯を手に取り、未だに残されている彼女の連絡先までスクロールした。そうして、電話をかける。もう無理だとわかっているのに。

『おかけになった電話番号は・・・・・・、』

何度も聞いた音声が流れ出して、そこで電話を切った。彼女が転校していってから、一度も自分の連絡先を変えていない。メールにせよ、電話にせよ、彼女がいつか連絡をとってくれるんじゃないかと、自惚れているから。

と、そこで、ドン、と窓の外で大きな音が鳴った。そちらに視線をやれば、赤い花火がパラパラと形をなくしているところだった。それに続いて、ドンドン、と綺麗な花火が空に打ち上げられる。

「・・・始まりましたか」

パタン、と携帯を閉じて、ただ窓の外で儚く消えていく花火を真っ直ぐに見つめる。自分の瞳に映るそれは、どこか自分と彼女に似ている、と思った。また一つ、また一つ花火が散っていく。

「・・・・・・また、いつか、」

そう呟いた声は、一層大きく鳴り響く花火の音にかき消された。


りの


(頬に、一筋の涙が伝った。彼女もまた、どこかで泣いているような気がした)
――――――――――――
切ない感じで書いてみました。
そんな気分になっていただけたら幸いです。

2012/2/19 repiero (No,17)

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