||夏の雨


祭りの季節と言うのは、どうも胸騒ぎがするものだ。

1年に一度、3日連続で行われる夏祭りの日。その2日目の朝、その日は何の因果か生憎の雨となった。天気予報では、夜までには晴れるらしい。それなら花火も問題ないな、とどこかで誰かが笑っているのが聞こえた。
でも俺は、そんな事柄に興味を示す事もなく、ただ雨の中をひとりで進んでいった。傘にぽつぽつと雨が当たって、気分を重たくする。ぱしゃん、ぱしゃん、と歩くたびに跳ねる水溜りがうっとおしい。すでにサンダルはぐしょぐしょだった。

雨は別に好きなわけでも嫌いなわけでもない。どちらかと言えばむしろ好きなほうだ。なんといっても、雨の日は、あのうっとおしい太陽光線を浴びずに済むのだから。
しかし、だからといって夏に降る雨はお断りだ。1年の内で一番暑いのは夏だし、確かに太陽を雲で覆い隠してくれるのはありがたい。でも、夏に降る雨と言うのは、どうも湿っぽくて好きになれない。
しかも一度降り出すとそのまま土砂降りになってしまう事もある。そうなれば予定も台無しだ。傘を忘れた日なんか最悪で、服も濡れる上にぐしょぐしょとしてやたら気持ちが悪い。・・・ただし、すけブラは大歓迎だが。
とにかく、俺は夏の雨が嫌いだ。すけブラ以外で夏の雨に感謝した事など一度も無い。どうせなら全国の巨乳女性の上にだけ雨が降り注げば良いのにとブン太と嘆いたのを思い出し、ほんの少し笑みが漏れた。

と、電話が鳴る。
味気の無い着信音が、雨音の中で僅かに聞こえ、俺は携帯をポケットから出した。全員同じ着信音を当ててはいるが、なぜかこの電話の相手がなんとなくわかる気がした。

・・・ほら、やっぱりだ。電話をかけてきたのは、

「美衣菜」

に、と口端を上げて、彼女の声に耳を澄ました。彼女の声が小さいわけではないが、少し聞こえにくい。先ほどより雨脚が強まっているせいだろう。

『・・・にお?』
「そうじゃき」

か細い彼女の声は、わずかに震えている気がした。それはなぜか、と考えようとしたが、そう言う自分の声も震えていることに気がつき、考えるのをやめた。

『ごめん、今日、行けなくなった』
「・・・なんでじゃ」

途切れ途切れに聞こえてくる声は、確かに否定の言葉を告げている。その答えが来ると、覚悟が無かったわけではないが、やはりその言葉は俺を落胆させるのに十分な効果をもっていた。

『・・・ごめん』

理由を言う気はないらしい。でもそれで構わない。言わなくてもわかるから。・・・むしろ、言って欲しくなかった。俺がその事実を、認めなくてはいけなくなるから。わかりきった答えでも、まだすがりついていたい。

しばらく、沈黙が続いた。互いに、無言。何か言うべき事は色々あるはずなのに、言葉は雨音にかき消されてなくなる。

『・・・切る、ね』

美衣菜が呟くように言う。でもそれは間違いなく俺に告げてきた言葉で。
あぁ、もう切らなくちゃいけないのか、と少し人事のように思った。まだ切りたくない、伝えたい事は山ほどあると、その時に伝えられたらどんなに良かった事か。まだ俺はその言葉を君にいえない。

「・・・・・・、」
『・・・え?』
「なんでもなか。・・・じゃあ、の」
『・・・・・・うん、また』

ピッ、という無機質な音が、俺と美衣菜とを断ち切る。小さな声で呟いた言葉は、彼女には聞こえなかったようだった。また会えるし、また電話もメールもできるのに、どうしてかこれが最後のつながりだったような気がする。

(美衣菜、)

いつから。
いつから、こうなったんだったろうか。

最初はほんの少しの口論が、続いて、大きくなって、いつの間にかこんな深い溝になっている。悪いのは自分だと、わかっているのに言えない。妙な意地の張り合いはもう疲れた。そう思っているのに、言えない。
こんな些細な事でここまで関係が綻んでしまうのは、俺達が本当は愛し合っていなかったからか。・・・否、愛し合っていたからこそ、こうなった。
お互いの事が好きで、大好きで、愛し合っているからこそ、その関係は、常に不安定だ。彼女の笑顔が脳裏を過ぎって、ふとそんな事を思った。

(いつまで続くんじゃろうか)

そんな事を思う。
しかし、心の奥底では、「いつまで続くか」ではなく、「いつまで続けられるのか」を自分自身に問うていた。いつまで続くのかを心配している内に、俺達のこの関係自体が終わってしまいそうだったから。

「・・・あ、」

ふと、立ち止まった。
視線の先に、見覚えのある少女がいたから。
恐らく濡れているであろうベンチに腰掛け、傘を脇にはさみこんだ状態で支えている。あいた両手には、赤い携帯が握られていた。悲しげな、儚げな瞳でそれをじっと見つめている。俺には、その少女が何かを待っているように見えた。

素通りするのは簡単だ。彼女はこちらに気付いていない。近付かなければ、気付かない。・・・そう、近付きさえしなければ。なのになぜ、俺は彼女の方へ足を進めている?

「・・・美衣菜」

気がつけば、声をかけていた。俺の愛しい、彼女に。

「・・・! に、お」

途切れがちに、彼女が俺の名前を呼ぶ。こちらを見て、驚いたように目を見開いていた。彼女との距離はたった数歩。1メートル。手を伸ばしあえば、届く距離。
そんな短い距離で、俺達はただ黙って見つめあった。そこに言葉はない。

しばしの沈黙の後、彼女が瞳をわずかに揺らめかせた。それから口を小さく開き、逃げる為の「言葉」を探そうとする。俺はそれに気付いた瞬間、たった数歩の距離を走って、

「好きじゃ、」

と呟くように伝えた。彼女の体を抱きしめ、それと同時に、口付ける。
美衣菜が驚いて、傘をわきに落とす。俺自身も、持っていた傘は先ほど立っていた場所においてきてしまった。2人の体に、容赦なく雨は降り注ぐ。
美衣菜は目を見開いてこちらを見つめ、俺はそんな彼女をまっすぐに見つめ返していた。体温はどんどんと雨に奪われていっているのに、重ねられた唇だけは熱く熱を持っていた。

そっと、唇が離れる。

「美衣菜」

静かに、名前を呼ぶ。その声に迷いはなくて、自分でも少し驚いた。先ほどまであんなにうじうじしていたくせに。

「・・・悪かった」

ふ、と息を吐いて、言う。それに美衣菜は驚いたような顔をして、それからぷっ、と噴出した。久しぶりに見た、彼女の笑顔だった。

「・・・こっちこそ、ごめん、仁王」

優しく、彼女が笑う。それが見れただけでも、俺は満足だった。俺も小さく微笑むと、美衣菜も嬉しそうに笑みを深めた。それから2人で、笑い合う。

「・・・あ、雨やんだよ」

そう美衣菜が告げて、それに空を見上げてみれば、確かにいつの間にか雨はやんでいた。祭り会場の方角から、ざわざわとにぎわう声が聞こえてくる。どうやら、雨がやんだ事で活気がでてきたようだった。

「私たちも、行く?」
「・・・そうじゃな」

傘を拾い上げて、それから手を繋いで歩き出した。


の雨


少しだけ、夏の雨が好きになれたような気がした。
――――――――――――
夏祭りというよりは「雨」がテーマの方がまだしっくりきますね。やらかしました。

2012/2/17 repiero (No,14)

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