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◇
片付いた部屋は、間取りこそ違うものの、前と変わらぬ装いを保っていた。
「お邪魔します」
どうぞ、と促す彼女について部屋に入り、まず思ったことはそれだった。変わらないな、というありきたれた平凡な感想だ。
「2ヶ月経って、ようやくここにも慣れはじめました」
持っていた荷物をおろし、希さんが嬉しそうでも疲れたようでもなく呟いた。歩み寄ると、例の平たい生気のこもった瞳でまっすぐに見返された。そこからふいと目を逸らしてしまったのは、俺が彼女に対して怯えに似た感情を持ってしまっているからなのかもしれない。
(あ、)
逸らした視線の先に見つけたのは、机の上におかれた空のビール缶だった。どうやら相変わらず酒飲みであるらしい。今日も居酒屋にいたし、今度行こうと誘ってみたら、彼女は応じるだろうか。いや、しかし、それよりも気になるのは、そのビール缶が前に俺があげたものと同じものであるということだ。さっきはこれがどこで売っているのか聞かれたのに、でも部屋にはこれがあるということは、本当は、彼女はこのビールの売り場などとうに見つけていたのだろう。それをわざわざ隠してまで話題として出したのは、どういう意図があってのことか。
後ろからかかった「座りますか」の声に慌てて振り返り、俺はそのビール缶を見なかったことにして彼女のすすめに甘んじた。なんだかんだといって、仕事が終わってから歩き詰め状態だったし、さすがに足が疲れてきていたところである。運動は欠かしていないつもりだが、ラケットを持って駆け回っていた頃よりか明らかに体力は落ちてきている。俺もまだまだだな、とため息を零して、差し出された麦茶を一口含んだ。
(何も変わってないな)
部屋に入った時も思ったことだが、落ち着いて改めて見てみても、それはやはり目に付く事実であった。
彼女は俺に対する印象を変えていない。それにこっそりと喜んだのは記憶に新しいが、しかしそれと同時に、彼女自身すらも、どうやら何も変化を遂げていないようである。それでは俺の喜びと言うのは完全なぬか喜びで、「俺が特別だったから変わらなかった」というのではなく、「俺が特別じゃなかったから変わらなかった」というのが正しい答えであるらしい。やはり、俺などという存在は僅かにも彼女の中で引っ掛かりになっていなかったのだ。
「・・・麦茶、不味くはない筈ですが」
「あ・・・、あぁ、美味しいよ。ただ、さっきもビールをたくさん飲んだからね」
「そうですか。お手洗いはそちらですのでいつでも」
「うん、ありがとう」
特別に思っていたのは、結局、俺の方だけ。
「・・・・・・」
そんなことを再確認して、また一口、麦茶を飲んだ。
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