||03


それからしばらくの間は、ずっと何気ない話が繰り返された。最近どうだとか、そんな当たり障りのない内容ばかりが。

「こっちは、希さんが越した後わりとすぐに新しい住人が入ってね。しかもそいつ、俺の中高時代の知り合いだったんだよ。嫌な偶然もあったもんだよね」
「そうですか」

希さんは俺の言葉に何度かうなずき、追加注文したつまみを食べながらじっとカウンターの光を眺めていた。その目はぼんやりと無表情だ。時々こちらを見る瞳から感じられるのは、平べったい生気と、過去をただ思い返しているかのような、なんともいえない遠さのみだった。互いの間にある妙な距離感は相変わらずか。いや、むしろ何も変わっていないことを喜ぶべきなのかもしれない。まだ彼女の中に、自分の存在が前から少しもあせることなく居座っていられている確かな証拠なのだから。

「・・・そういえば」

ふと思い出したように、という風を取り繕って俺は話を切り替える。せっかく会えたこの機会に、どうしても彼女に聞いておかねばならないことがある。あくまで自然に、自分の執念的意図がばれないように彼女を見つめる。

「希さんって、今どの辺に住んでるの?」

一拍、二拍。静かに間が転がって、希さんが考えるようにあごをついと上げた。心臓がらしくもなく跳ねている。たったこれだけの質問に、ここまで緊張させられるとは。実際告白して振られたわけではないけれど、失恋というものは実に恐ろしいものである。彼女が引っ越す際に残した言葉を、俺はまだ完全に消化しきれていないのだ。

「どの辺、と言われると、困りますが」

希さんがぽつりと呟いた。ひとつひとつ考え込むように、ゆっくりと言葉を落としていく。具体的でなくても、町の名前さえわかればまぁ特定は可能だ。そう思って口を開こうとして、まだ希さんが何か言おうとしているのに気がついて一度口を閉じた。一瞬、彼女が逡巡する。

「・・・よければ、今から来られますか」

それに思わず目を見開いてしまったのは、恐らく正しい反応なのだろう。

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