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【希side】
時間だけは、いつもあっという間に過ぎていった。
楽しい時も、辛い時も、迷っている時も、前を向いている時も。時間はいつだって平等に、平気な顔をして過ぎ去っていく。それが良いのか悪いのかはよくわからない。ただ逃げるだけの私が、正しいのかどうかなんて。

「・・・・・・今日も、雨」

窓の外を眺めながら、無意識にそんな言葉が漏れた。言葉通り、外では控えめに雨が降っている。しかし「今日も」というほどここ最近に雨が多かったわけではなく、具体的に言えば、雨が降るのは実に二週間ぶりのことであった。もっと言うなれば、この雨は、彼に告白を受けた日以来のものである。
彼にはここしばらく会っていない。あの日以来、彼は私の前に姿を現していないのだ。それが良いか悪いかと言えば、たぶん良いのであろう。彼から逃げ出したのは自分なのだし、彼が訪ねてこないのは好都合の筈である。けれどそれを、「たぶん」だの「筈」だのという曖昧な言葉でしか言えないのは、私の中に大きな蟠りができてしまっているからだった。

『好きだよ』

窓の外の雨を見ていると、同じく雨降りだったあの日のことを思い出した。視線をそらしても、まとわりつく雨の音はどうやってもあの表情を思い起こさせてしまう。耳を塞いでも無駄だった。指の隙間から入ってくるサァァという囁きに、彼を想わずにはいられないのだ。
嫌な雨だと思った。確か、彼と出会った日にも降っていた。その時は彼を不審者だと間違えて、バットを持って外に出たら――

ガタンッ

突然、部屋の外で何かが倒れる音がした。廊下側からの音だから、誰かが来ているのかもしれない。しかし今の音は隣の空き部屋から聞こえなかったか?・・・・・・何か、あったのだろうか。
私は立ち上がって、しまってあったバットを持って玄関へ向かった。扉を開ける。それから空き部屋の方を見る。

「おや、大木さん」

いたのは、このアパートの大家だった。私がバットを持って突っ立っているのを訝しみながらも、隣部屋の鍵を開けて、中に荷物を運び入れようとしている。今日からここに一人越してくるんだよと、大家は人当りの良い笑顔でそう言った。
間もなく一台のトラックがアパート前にとまって、新しい住人のあまり多くはない家財道具を運び入れ始めた。察するに、越してきたのは男性だろう。大きな家財に隠れてよく見えないが、作業員に混じって、私服姿の男性が荷物を運んでいるのが見える。私はそれを呆けたように眺めて――目を見開いた。

「希さん」

呼び声に少しだけ、泣きそうになった。荷物をひとつ運び終え、部屋から出てきた彼は笑って、固まっている私の名前を呼んだ。それから私の手にあるバットを見やって、また少し笑う。

「確か初めて会った時も、バットを持っていたよね」

彼は懐かしむように、なんでもないことのようにそう言った。細められた瞳は優しくて、それに自分が緊張してしまっているのが嫌でもわかった。何を言われるのか、これからどうなるのか、それが怖くてたまらなかった。と、彼が再び私を見る。射抜くように私を見つめて、不敵にわらう。

「・・・言っておくけど、俺はしつこいよ」

それじゃ、と爽やかに笑って、彼は作業に戻って行った。呆然と立ち尽くす私は、彼の言葉を頭の中で繰り返すだけ。苦しいくらいに心臓が高鳴って、馬鹿みたいに彼のことばかり考えた。私の方が逃げてきたはずなのに、これではまるで、私の方が追いかけていたみたいだ。いや、きっとそうなのだろう。そうでもなければ、こんなにも彼の言葉に胸が苦しくなるはずがないのだから。

「――精市さん」

私の声に、彼が振り向く。彼は少しだけ驚いたようにこちらを見ていた。私は微笑んで、小さく唇を動かした。もう逃げるためじゃなく、前へ、進むために。


END


(私にとっての君、君にとっての私)

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