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「――精市さんは」

無言が続く中、唐突に彼女が切り出した。顔をあげると、彼女は視線をぼんやりと下へ向けていた。その様子に若干の違和感を抱きながらも、俺は彼女に問いかける。言葉の続きをやんわりと促す。

「精市さんは、どなたか付き合っている方はいらっしゃらないのですか」
「・・・は?」
「こんなところにいて、良いのですか」

彼女の言葉はとんとんと階段を降りるようにスムーズだが、どこか躊躇いがちである。俺はそれになんと返したら良いのか、わずかに逡巡した後、口を開いた。

「帰れ、って言ってるように聞こえるけど」
「いえ、そういうわけでは」

再び沈黙。時計の音だけは大きい。お約束のような返答に、俺はふぅん、と鼻を鳴らした。希さんがちらりとこちらを見る。

「彼女ならいないよ。残念ながらね」
「・・・・・・そうですか。安心しました」
「安心ってどういうこと?」
「・・・、もしいたら、恨まれそうで」
「ふぅん・・・・・・恨みを表にするような女はそもそも彼女になんてしないけど、まぁ、良いや。これでここにいても良いわけだ」
「そうは言っていませんが。私に彼氏がいる可能性は、考えないのですか」
「いたら部屋にいれないだろう?」
「・・・それもそうですね」

希さんは納得したようにうなずいて、それから再び黙った。麦茶を一口飲んで、カラカラと音をたてた氷に平たい視線を向ける。静かな視線は、こちらに向けられているわけでもないのに妙に突き刺さる。視線に寂しさと悲しみをのせて、彼女はじっとグラスを見つめている。

「・・・・・・ねえ、希さん」
「はい」

彼女が顔をあげて、こちらをまっすぐに見た。俺はそれをじっと見つめ返しながら、寂しさと悲しみをのせて、小さく呟いた。

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