||炎


揺れていた。
赤く大きく、ゆらゆらと非実態的にゆれ燃えるそれは、まるで猛々しいライオンのたてがみのようである。ゆらゆら、ゆらゆらと、ずっと見ているとそこに意識が吸い込まれて身動きできなくなる。気付くと、何時間もそこに居座ってしまっているのだ。しかもそばにいると非常に暖かく、冬である今は尚のこと離れがたい。ゆらゆら、音もなく燃え続ける赤色を、私はただただ眺め続ける。

「……、……未海!」
「…………」

呼び声はしっかりと聞こえていた。けれど振り返らなかったのは、私が彼の相手をすることに飽き飽きしていたからであった。彼はたしかに私の恋人で、愛すべき人ではあったけれど、でもだからといって実際に愛すかどうかは本人の問題だ。私にはもったいないくらいかっこよく、万能で、完璧な彼を、私はいつのまにか誉れと言うより劣等感の対象として見つめていた。男はプライドが高い生物だというが、女だって稀にそういう類の人間がいる。それが私だ。私はどうしても彼に、劣等感を感じずにいられなかったのだ。

「なあ、未海? 聞こえてるやろ」

聞こえていない。聞こえていない。
こころの中だけでそう返事を返して、ゆらゆらと揺れる炎を見つめる。不安定なその明かりは、まるで私のこころのようにも写った。私たちの関係にも似ているかもしれない。
彼は私がどうやっても反応しないことを悟ったのか、それ以上は何も言わずに、ため息をついて私の隣に腰を下ろした。触れ合った肌が温もりを告げるが、私にとってはそんなものよりも目の前の炎のほうが温かみをもっていた。
ゆらゆら、ゆらゆら。炎が揺れる。

「……あ」

ピー、ピー、と、ストーブが燃料の底を教え、静かだった部屋の静寂が少しだけ崩れる。このまま放置しておけば、ストーブはやがて消えてしまうだろう。この間買い足した灯油が玄関においてあるけれど、でもそこまで行くのは寒いし、面倒臭い。ならば。

「蔵」
「……はいはい。こういう時だけは頼るんやな」

顔も見ずに名を呼んだだけだが、彼は見事に用件を理解し、立ち上がった。ストーブからタンクが抜き取られ、蔵の手によって運ばれていく。最後にわずか残っているのであろう燃料を使って、タンクの抜かれたストーブが、中で弱弱しく炎を散らす。完全に消える前にタンクが戻ってくれば最高だが、さすがにそれは難しいだろうか。

(……いやな女)

ぽつりと、自分ですらも聞こえないような小さな声で呟いた。漏れたのは息だけで、実は呟いてすらいなかったかもしれない。その呟きが意味するものは、ずばり、わたしのことである。
好きだったのにいつのまにか勝手に劣等感を抱いて、うらんで、毛嫌いするくせ、面倒ごとは押し付けてあっさりと頼る。それを引き受けてしまう蔵にも少なからず非があると思いたいが、悪いのは私なのだろう。今、彼のことを好きか嫌いかと問われれば、私の答えはどちらとも定まらずに「わからない」というものに落ち着く。どちらかといえば、という風に考えたとしてもそれは曖昧だ。本当に、自分が今彼のことをどう思っているのかなんて、わかりはしなかった。

「……切れた」

ピー、ピー、と、ついに限界を迎えたストーブが電子音と共に唸りをあげ、最後はぶつ、と遠慮なく熱を途切れさせる。その最後の瞬間に一挙に吐き出された熱のかたまりが暖かくて、眉根を寄せた。熱かったわけでも急に冷え込んだのが辛かったわけでもないのに、なぜか、泣きそうになった。蔵のことなど考えていたせいかもしれない。いやきっとそうなのだろう。そうでもなければ、こんなにも悲しく、寂しくなるわけがないのだから。

「あ、切れてもうたん? ほな、今つけるで」

ストーブの前でうずくまる私が可笑しかったのか、蔵が笑う気配がする。すぐ真横に彼が近付き、ガタガタ、という音の後に、ピ、とストーブのスイッチが入れられる。しかしその瞬間に私は顔をあげ、ピ、とストーブのスイッチを切った。蔵が驚いたような顔をする。ストーブ、つけないん?と怪訝そうな表情だ。灯油を持ってこさせられた身からしてみれば、その表情は妥当だろう。

「蔵」
「……、はいはい」

顔も見ず、名前だけを呼んだ私の意図を察して、蔵が私を背後から抱きしめる。ストーブより断然温かみはないはずなのに、でも、なんだか酷く安心した。暖かいと思った。離れたくないと思った。ずっとそのままでいたいと思った。

「…………」
「寒いなぁ」

笑いながらそんなことを言う彼は、いつも通り完璧で、かっこいい。私が劣等感を感じずにはいられない、いつもの蔵だ。それなのに時折、どうしようもなく甘えたくなってしまういつもの蔵。

「……蔵、」





触れ合った唇の感触を思いながら、消えたストーブをじっと眺め続けた。もうそこにはないゆらゆらと揺れる炎が、今度は蔵の瞳の中に、ゆらゆら、ゆらゆら、燃え盛っているような気がした。
――――――――――――
個人的には非常に満足のいく出来栄えになりました。自己満足ばんざい!

4月29日に書いたもののようです。酷い!

2013/8/4 repiero (No,138)

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