||焦げ臭い


※オチがありません

「……くさい」

開口一番、しかめ面から飛び出たあまりに容赦のない言葉に私は大変なショックを覚えた。
原因はまさか私、ではなくて恐らく背後のあれだろう。自覚があっただけにいざ言葉にされると妙に悲しくなる。しかし残念ながら、私は本当のことを言われて何か言い返せるようなふてぶてしい性格ではない。
そっかぁと明らかな落胆をもって呟けば、彼は呆れたように私の持つ菜箸を見やった。また食材無駄にしたんですか。ええと、はい、ごめんなさい。手厳しい奴である。自分が完全に悪いのだから仕方ないけれど。

「だからあれほど料理はするな、って」
「……若に喜んでもらいたいんだもん」
「今のあなたの腕じゃ正直逆効果です」
「なにをーっ!?」

カチンときたので近くにあったカレー粉の空箱を投げつけてやると、あっさりキャッチされてゴミ箱に消えていった。それからその、すぐ物投げる癖もやめてください。ええと、はい、ごめんなさい。私の方が年上なのに、酷いものである。
若は私の背後に潜む黒こげの物体を一瞥すると、重たいため息をこぼした。大きな皿を出してテーブルにおき、私の手から菜箸を奪い取る。一応は玉子焼きだったそれが、可愛らしいお皿にのせられていく。白と黒のコントラストが美し……くはないが、気合いで綺麗なものに見えなくもない。そう口にしたら若にはそうですね、ダークマターみたいですねと皮肉たっぷりに微笑まれた。また飛んでいった二箱目のカレー粉もあっさりキャッチされてしまって悔しい限りである。

「お腹壊したらあなたのせいですからね」
「いいよ食べなくて。捨てるよ」
「ただでさえ食材が台無しなのに、食べずに捨てたら本当に可哀想ですよ。食べます」

そんなことを言って一口ぱくり。無言で咀嚼を進めるうちにどんどんと渋面になっていく。新鮮な食感ですね?ええと、はい、ごめんなさい。恐らく彼の口のなかに広がっているであろう炭みたいな味を想像して非常に申し訳なくなった。
それにしても、と私はこっそり若の顔を盗み見る。相変わらず文句の固まりみたいな顔をしてはいるけどそのどこかに優しさがある。もう幾度となく生み出してしまった彼曰くダークマターに、毎度冷笑を浴びせつつも食べ残すことは決してない。彼なりの私への激励なのか、愛ゆえなのか、本当に食材が勿体なくて食べているのか。真意をはかりかねるものの、彼のその姿勢が私にとってひどくありがたいものだったのは事実だ。いつもありがとう、と言えばなんのことでしょうなんて白々しい言葉が返ってくる。やっぱり若は最高の彼氏だ。

「お茶いれるね」

せめて私のできる精一杯をと思い立ち上がると、若がふと今回のは、と言葉をこぼした。空のヤカンを手に取りながらその続きを聞いてみる。

「一段と不味いです」

ヤカンが飛んだ。さすがにキャッチはできずに叩き落とされて床に転がり、ちょっとだけ泣きたい気持ちを押さえつつもそれを拾い上げる。投げるなら俺の顔より小さいものにしてくださいね、とすまし顔で言われてちょっと、いや大分ムカついた。しかし私が悪いので大きいことは言えないのである。勝てない。
ヤカンに水をいれて、火力を強めにして台の上におく。その間にお茶っ葉を急須の中に用意してぼうっと沸騰を待った。
少し離れたところにある若の背がなんだか遠い。たったこれだけの距離で寂しさを覚えるのは私が彼に依存しているからか。ともあれ、私が彼を愛していることにかわりはない。
しばらくして沸騰したお湯を止めて急須に注ぐと湯気がほわりと立ち込めた。いい匂いだ。料理もこのくらい簡単にできたら良いのに。

「はい、お茶。……大丈夫?」
「ありがとう。大丈夫ですよ」

少し辛そうな彼の様子を察して尋ねると、柔らかい微笑みを返される。しかし好意のつもりで私も食べるよと告げてみれば、しかめ面で止められた。作った本人に食べさせられないくらいいけない味がするらしい。そう問えば若は非常に曖昧に笑った。

「いや、俺のプライドです」
「……ぷらいど?」
「彼女の作った料理も完食できないなんて、男の名折れですよ」

ぶん。大きく振られた腕がシチューの箱を飛ばす。

「なんで今投げたんですか」
「うるさい!」

なんでも何も、だって。感動と照れくささ、それと一緒に込み上げてきた好きという感情に堪えきれず、後ろから若に抱きつく。邪魔だと言うわりには優しい若の手が私の頭を撫でてくれた。

「好き! 大好き!」
「俺もです」

幸せだなあ、なんて彼の背に呟いて腕の力を強める。少しして聞こえてきた「ごちそうさま」に私は隠しきれない笑みを浮かべた。


焦げ


――――――――――――
本当は脳腫瘍の話にしようかと思ったのですが、書くうちに主人公が可愛くなってきてしまって路線チェンジしました。あんまり暗い話ばかり書くのも良くないですよね。

オチなしごめんなさい!

2015/3/20 repiero (No,151)

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