||サボテン


「ん」
「は?」

あれは、いつだったか。高校二年の夏だか秋だかに、恋人がおもむろに差し出してきたのが印象的だった。
緑と言うよりは深緑、草色と言った方が近いかもしれない。ゴツゴツとしていて、漫画やテレビで見たそれよりももっと攻撃的だった。鋭い棘が見るからに危険である。申し訳程度に結ばれたピンクのリボンが、やたらと浮いて見えたのを覚えている。

「やる」

飾りっ気もへったくれもない、ぶっきらぼうな口調はいっそすがすがしいほどにいつも通りだった。珍しくプレゼントなんて優しいことをするから期待したのに、やはりこの男は冷淡な奴であるに変わりないのである。

「ねえ、光……ちょっと。これ、どういうつもり?」
「…………」
「光ってば」

私の声など聞こえないと言うように、いくら呼んでも彼が顔を上げることはなかった。お気に入りのヘッドフォンにはさまって、自分の世界に深くひたりこむだけ。彼はいつもそうだ。一緒にいても、私なんて最初からいなかったみたいなひどい態度を取る。
溜息をついて目線を下げると、実は突っ込み待ちなんじゃないかと疑いたくなるような、冗談みたいなプレゼントがテーブルの上に鎮座していた。リボンこそ私好みのシンプルな可愛らしいものであるが、肝心な本体がこれであるのでは全くもって意味がない。
小さな植木鉢に、どっしりと構えた針山。平凡な制服を着こんだ2人の間に置かれるには、あまりに似合わない植物である。

「あのさぁ……もっときれーな花ならともかく、サボテンってどうよ。反応に困るんだけど」
「…………」

だんまりだ。たぶんというかまあ確実に、私の相手をする気などないのだろう。
諦めて背を後ろにもたれると、ファミレスらしい硬めのソファが背を押し返した。物理的にいうなら、抗力というやつだろうか。一応なりともデート中にそんなことを考えてしまう辺り、私は相当この男に辟易しているのかもしれない。そう、今はデート中なのだ。具体的に言うなら、二か月ぶりに光の方から誘ってくれた、放課後デートなのである。
それなのに、と視線はついつい件の贈り物のほうに寄ってしまう。デートもメールもなしにほったらかしにしていた恋人に贈るプレゼントがこれだなんて、彼の気は確かなんだろうか? センスがないなんていう次元の話ではない。高二の女の子にサボテンだなんて、まず発想からして奇想天外すぎるのだ。本当はこれはプレゼントなんかじゃなく、嫌がらせの一種なんだと言われればあっさり信じられるだろう。今だってそうなんじゃないかと疑っているし、もしかしたら本当にそうかもしれない。別れ話をしたいのならすれば良いのに――というかされる気満々で来ていた私にしてみれば、彼の言動はいっそ不気味である。

「光」

顔を上げて、と懇願するように呼んだ。するとようやっと彼の顔が上がって、視線が絡んだ。微笑むと、光も僅かに笑む。

「これ、ありがとう」
「おん」

返ってくるのは当たり前すぎるくらいに当たり前な返答だった。彼はこの針山植物になんの疑問も抱かないのだろうか。いや、抱かないのだろう。抱かないから、こうやって何食わぬ顔で差し出してきたのだ。私が前のように反応してくれるものだと思い込んで。
私はほんの少し逡巡するように間をおいて、そうして頭を振った。言うべきか言わぬべきか、散々迷って結局口に出すことができなかったのだ。

「でも、もういいよ」
「……何が」
「もういいの」

代わりとばかりに絞られた言葉は、少し頼りない声色にのせられていた。もしかしたら私は、光以上に言葉足らずなのかもしれない。
光はしばらく、黙って私を見つめていた。





あれから1年と何か月か経って、以来私たちは一度も言葉を交わすことなく卒業式を迎えた。ただでさえ倦怠期丸出しであったのに、これではもう、音信不通と言ってもなんら言い過ぎではない状態である。隣のクラスという、物理的には実に近しい中での遠距離恋愛だ。
さすがにそんな状態になってまで光のことを「彼氏」などと呼ぶ気は起きなくて、その称号はとうの昔に自分の中に捨ててしまった。自然消滅というやつなんだろう。サボテン事件の時の私の言葉を、別れ話と捉えたのかもしれない。実際そのつもりであったから、問題ないと言えば問題ないのだけれど。

サボテンというと、あの日のことの他にもうひとつ思い出すことがあった。光つながりでいつの間にか仲良くなった、一つ上の先輩の言葉だ。今は卒業して学校からはいなくなってしまったが、よくLINEでやり取りをするから光よりも近しい存在のように感じている。

『なあ、サボテンの花言葉って知っとる?』
『サボテン、ですか?』
『財前にもらったんやろ?』

いつだったか廊下ですれ違った時、先輩はおもむろにそんな話題を持ち掛けてきた。すっと細められた瞳は、幼い子供を見る優しい母親の目に似ていた。先輩が私と話す時、ごくたまに見せる表情だ。その視線が向けられていたのは、私ではなくてもっと別の誰かであったことに気が付いたのは、ずっと後になってからのことだった。

『うーん……わかんないです。っていうか、花言葉があることすら知りませんでしたよ』
『あはは、まあちょっと馴染みのない植物やしなあ』
『白石先輩、知ってるんですか?』
『もちろんやで』

先輩はにっこりと笑った。

『枯れない愛、や』

母親のような顔で笑っていた。

私はどこか違和感とともにその言葉を聞いて、無意識に光のことを思い出していた。彼の渡してきた草色のそれは地味で危なっかしくて、とてもそんな情熱的な言葉を持っているようには思えなかった。彼自身もそうだ。プライドなのかなんだかわからないけれど、彼はいつも、本音をするりと自分の内側に隠してしまう。
しばし考え込んで、私はようやくその意味に気が付いた。ああそういうことかと、なるべくして当たり前に、あの時の光の行動の意味を悟ってしまった。ずっとほったらかしにしていた彼女への贈り物がサボテンであった理由だ。そう思うと、あれは奇想天外でもなんでもなかった。彼の精一杯の歩み寄りだったのだ、愛情表現だったのだと、今更過ぎる理解にようやく及んでしまった。

結局、彼はどこまでも不器用だったのだ。他力本願に、わかりにくいメッセージを伝えるだけで精一杯の幼い子供であったのだ。

『……そんなの、わかんないですよ』
『せやなあ、わからんなあ』

クスクスと笑う先輩は、恐らく全部知っていたんだろう。
私は不貞腐れたように唇を尖らせて、用事があるので、と言ってその場を去った。本当は用事なんてなかったけれど、そこに居続けるのは苦しかった。押し寄せる後悔と怒りみたいな何かが、頭の中でごちゃ混ぜになっていた。

「……未海!」
「え、あ」

名前を呼ばれて、ハッと我に返るとそこは教室だった。卒業式を終えたばかりでざわざわとしている教室のすみで、自分は席に座ってぼうっと宙を眺めていた。

「なあ、一緒に写真とろや。ええやろ!?」
「あ、うん。もちろん!」

友達に言われるままに席を立って、いえい、と彼女の携帯のカメラにピースを向けた。可愛く撮れてるかななんてちょっと気にしたけれど、映るのはどうせいつも鏡で見るような顔だけである。そう思うと気にするだけ馬鹿らしくなった。
見渡す限り、教室は卒業に喜怒哀楽する生徒たちであふれている。笑っている人が多いとは言っても、やはり寂しさからか涙を流している人もちらほらといた。自分もそこに混ざって何かしらの喜怒哀楽を見せることができた筈なのに、どうにもそんな気にはなれなかった。友達はいるが、進学先が同じか近場な子ばかりで、卒業と言うものにあまり実感や感慨が沸かないのである。
と、老けこんでいた私の耳に、再び名前を呼ぶ声が聞こえてきた。クラスメイトの声だ。そちらを見ると、女の子が私を手招いている。

「どしたの?」
「財前君が」

にこにことそう言って、女の子が教室の扉を指した。見れば、廊下に幾度となく思い浮かべた彼の姿がある。半眼でこちらを見る表情は、前見かけた時よりも情けない顔をしているように見えた。

「……ひ、久しぶりだね。光」
「おん」

若干ひきつったように言えば、当たり前のように返事が返ってきた。ああ、これだ。光は何も変わっちゃいない。浮かんだ冷めた感情とは裏腹に、それに安心している自分もいた。

「何か用?」
「…………」
「……光?」
「……、サボテン。覚えてるやろ」
「あ……ああ、うん。覚えてるけど」
「俺は――、いや、ああクソ、」

光はくしゃりと頭をかいて、それからぱっと顔を上げて私をまっすぐに見つめた。瞳には隠し切れない不安と緊張の色があって、それでも逸らすことなく私の瞳を射抜いた。

「まだ、枯れてへんから」

それだけ言うと、光は「じゃあ」と言って踵を返した。呆然と立ち尽くす私になんて構いもせずに、廊下の人ごみに消えていく。
あとに残された私は、名残惜しく耳に残った彼の声を繰り返し繰り返しなぞった。まだ枯れていない、まだ枯れていない。恐らくはもっと別の言葉で言いたかったのであろう、その暗号めいた台詞の意味を想って笑いそうになる。彼の不器用さは、残念なことに今も健在であるらしい。緩んだ顔を隠しもせずに、消えた背中を追い掛けた。


テン


きっと私もまだ、枯れていない。
――――――――――――
ネタを思いついた瞬間にテンションがあがってしまい、勢いだけで駆け抜けました。
この様です。笑ってやってください。

さすがに50もお題があると書くのが大変ですね。

2014/7/15 repiero (No,147)

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