||寒い日


その日は特に寒い日だった。窓のすぐ外には大きく透明にひび割れたつららができ、その自然の檻の隙間からいわゆる銀世界というものを拝むことができる。拝む、とは言っても全くありがたいものではない。少なくとも朝起きて早々、冷え切った部屋の空気に二度寝を決意した私からしてみれば。
もぞもぞと布団の中で寝返りを打ち、うぅん、と寒さに身をちぢ込ませる。布団の中にいれば暖かい。けれど時々ちらちらとはみ出てしまう手足は、その度に外気の鋭利さに絶望する。ふ、と窓の外を見やると、相変わらず檻の外で雪が降り続けていた。さっき見た時よりもかなりつもっている。雪が白いのは降りたての時のみで、あとは人が歩いたり車が通ったりで茶色く汚れていくものだから、街中で本物の「銀世界」を見るのは難しいと思っていたのだが。まったくもって、白い。それ以外の色がこの世に存在することを一瞬忘れてしまうほどに。
あぁ、いやだ、寒い、と心の中で呟いて、再び布団の中にもぐりこむ。するとどこからか、トントン、という音が聞こえた。

「……誰」

顔だけ布団から出す。もちろん、ここから言ったところで相手に聞こえるわけはないだろうが。誰が来たのかは知らないが、こんな寒い日に尋ねてくるなんてよほどのもの好きに違いない。携帯を取り出し、それとも今日は何か予定があったかと確かめてみると、案の定ではあるが、寂しいことに特に何も予定はなかった。

(居留守だ、居留守)

そう決め込んで、また布団にもぐる。トントン、トントン。ノックの音はしつこい。いや、居留守だ。私が音を立てなければ、相手には絶対にわからないはず。けれどふと、もし変な人だったらどうしようという気になり、私は顔を玄関の方へ向けた。今冬のために新しく買った羽毛布団を身体に巻きつけ、跳ね放題の髪をそのままに半身を起こしてみると、またトントン、という音がした。それから続いて、ガチャリという音も。どうやら家の中に入ってきたらしい……いや待て待て、私は自分で持っている鍵を除いて合鍵なんて誰にも渡していない。足音が近付く。利便性の悪い立地条件で、安さだけが売りのこのアパートの、唯一のしきり扉の前に足音が立つ。ドクン。ドクン。
ぱ、と、ためらいなく扉が開いた。

「寒か」
「……おはよう、不法侵入さん」

相手の姿を見た瞬間どっと疲れが出て、私は布団にへばるのと同時に呆れたようにそう零した。相手はそれに笑い、私に近付いてくる。彼は仁王雅治という、私の彼氏である。ちなみにさっきも言ったが、合鍵は渡していないはずだ。

「なんで入ってこれたの」
「合鍵なんてとっくに作ってあるぜよ」
「そんなことだろうと思った……、じゃあ、なんで勝手に入ってきたの」
「せーっかく寒い中来てやったんに、お前さん全然出てこんから」

そう言うと彼は唇を尖らせ、子供っぽく拗ねたような顔をした。普段彼はこんな態度をとるような人ではないから、たぶんわざとだろう。もしくは、最近あっていなかったことへの不満を露にしているのか。

「なにもこんなに寒い日にこなくたって良いのに」
「おん、確かに寒か。でも会いとぉ」
「ばかだな。メールでもしてくれれば、わざわざ何度もノックしなくたって中に入れてあげたのに」
「メールなんかしたら、寒いから来んな言うじゃろ」
「ごめんそうかも」

彼の言うとおり、恐らくそうしたであろうことを思い、苦笑いを浮かべた。仁王は立ち上がり、私の部屋の暖房のスイッチを入れた。それから冷たくなってベッドの脇にどけていた湯たんぽの入れ物をもち、部屋を出て行った。彼はしばらく戻ってこなかったが、熱湯を注いだ湯たんぽを持って戻ってきたからには、たぶんお湯でもわかしていたのだろう。その手には湯たんぽのついでにお茶のカップが二つある。気が利くなぁ、仁王は。

「あったかい」
「おん。お前さん、そろそろ布団から出てきたらどうじゃ」
「いやだよ、寒いもの」
「なに言うとるんじゃ。俺の方が寒い」

そんな筈はない。そう思って言い返そうとしたら、彼の冷え切った手が私の頬に触れた。反射的に身をのけぞると、仁王がけたけたと笑った。そうだ、よくよく考えてみれば、部屋でぬくぬくしていた私と違い、仁王は寒い外から来たわけだ。加えて冷え性な彼が私より暖かいわけがない。
ここまで来ると暖房もようやく効き始め、少しだけ部屋は暖かくなりはじめていた。私は仕方がないな、と言ってベッドからそろそろと両足をおろす。しかし布団から足を出した瞬間、慌てて足を引っ込めた。

「そんなに寒くないじゃろ」
「あぁ、うん、そうだね」

曖昧に返し、私は仁王にスリッパを取ってくれと頼んだ。それから足を出し、素早く取ってもらったスリッパに足を入れる。布団から完全に身体を出して、どうだ、とばかりに仁王を見た直後、彼に両肩を掴まれた。そしてそのまま今出たばかりの布団の上に座らされる。

「え、なに、仁王」
「足」
「え?」
「足、見せんしゃい」
「……ばれたか」

仁王にスリッパを取られ、はだしの足を晒される。白い足は一見おかしなところはないが、指先のところが赤くはれ上がっていた。しもやけという奴だ。汚いから仁王には見られたくなかったのに、と零すと、仁王は汚くなんてなか、と憤慨するように言った。

「あーあー、可哀想に」
「しょーがないじゃん」
「ちゃんとお風呂入っとるか?」
「……面倒で、シャワーだけ」
「だからしもやけになるんじゃ」

仁王は呆れたようにため息をついた。なんだか悔しいな。自分ですらしもやけになった時は自分の馬鹿さに呆れたのに。仁王は立ち上がり、私を暖房の前に座らせてまた部屋を出て行った。何かと思ったら、彼は私の為に足湯を作ってくれるんだそうだ。なんて優しい彼氏だろうか。

「未海は、ほっとけん奴じゃけんのぉ」
「どういう意味よ」
「守ってやりたくなるっつーことじゃ」
「……そう」

そう言われてしまうとなんだか照れくさくて、私はうつむいて小さく答えた。彼が微笑む。


い日


これだから「寒い」って嫌なんだ、と愚痴るように呟くと、仁王が私の赤い足先を見ながら微かに笑った。はぁ、仕方がないから、さっさと治すことにしよう。
――――――――――――
2月24日にかいたものです。

2013/7/6 repiero (No,133)

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