||近未来


※ヤマがありません。

私の彼氏は未来の話を好む。

明日しよう、来月行こう、来年もまた、いつの日か。
確約もあればお付き合い程度の口約束もあり、けれどいつだって精市は今よりも先の話をしたがった。過去は振り返らない主義、とかいうわけではない。ただどんな良い思い出であれ悪い話であれ、以前の話を口に出すのはあまり好きではないようだ。「それよりも」、と綺麗な未来について楽しそうに話して微笑むのだ。
そんな彼を完全に肯定できているかと言えば嘘になる。でも、私が彼を好きなことに間違いはないわけで。

「ねぇ。そろそろ結婚しようよ」

だからある日突然、彼の言った言葉に私は大層驚いた。
夜寝る前に、私の隣で新聞の天気予報欄を見ているのはいつも通り。彼の言葉が前向きであるのも、いつも通り。そして彼の笑みが美しいこともまた、いつも通りではある。
ただその言葉ばかりが異常を含んでいて、私はしばらくぱちぱちと目を瞬かせた。それからようやくもって、え?なんて間抜けた声を発する。

「いつが良い? できるだけ早い方が良いよね」
「え、ちょちょ、本気?」
「そうだけど……何か変かい?」

変ではない。有言実行とでも言うのか、彼は私とした約束をいつも必ず守ってくれる。明日しよう、来月行こう、来年もまた、いつの日か。確約も口約束も、彼にとっては絶対だ。そのせいで私の「未来」はすでに精市との予定でパンク寸前である。そしてその予定の中に、今度は結婚というものが含まれようとしているらしい。
いずれはそうなりたいと思っていたことだし、彼の申し出は素直に嬉しい。でもあまりに突然すぎて、私は彼の微笑みを見つめて少し迷ってしまった。普段であれば「良いでしょ、けってーい」なんて言って押し切ってしまう彼も、今回ばかりは黙って私の言葉を待ってくれている。私が断るとは微塵も思っていないような、自信に満ち溢れた笑みで。
僅かな沈黙ののち、私は恐る恐るといった風にうなずいた。

「良いよ……式までに精市が私に飽きてなきゃだけど」
「飽きないよ。今日の未海と明日の未海、毎日お前は新しくなるんだからね」
「それを言ったら精市だって、毎日新しくなるでしょ」

今日の精市が私を好きでも、明日の精市が私を好きかはわからない。そういうことだ。
不貞腐れたように呟けば、精市は可笑しそうに笑って私の頭を撫ぜた。綺麗な見た目に反して男らしい大きな手だ。細くて繊細な、でも大きな大きな優しい手。
撫でられる感覚がくすぐったくて頬を肩に寄せる。それに気が付いた精市が私をのぞきこんで笑い、私の頬を両手で挟んで額を合わせて来た。近づいた彼の青い瞳は深い海の色をしている。綺麗だと思う。でも、何年一緒に居ても見慣れない色だ。それは精市が毎日新しくなっているからなのか、それとも私が新しくなっているからなのか。私がずっと抱き続けている精市への遠慮、気後れが原因かもしれない。

「でも――ほんとに私で良いの?」

もっと良いひとはたくさんいる。これだけ一緒に居ても、私の中から消えなかった想いだ。彼のことは大好きだし、できるなら私だけのものでいてほしい。でもその前に、彼自身が幸せになれる道を進んでもらいたい。そう考えると私じゃないような気がして、いつも尻込みしてしまう。

「え、何言ってんの。好きな女選ぶのが良いに決まってる」
「……本気?」
「そうだけど……何か変かい?」

にっこりと。柔和な笑みが愛おしい。ばか、と苦し紛れの憎まれ口を叩いて彼の胸を押し返す。少しだけ離れた距離が物寂しい。自分から離したくせに、わがままな女だ。精市は全部わかっているような顔をして私を抱きしめてくれた。

「結婚してからも、お前としたいことはたくさんあるんだ。来年とかじゃなくて、10年後とかいう大きな単位での約束になるかもしれないけど――全部必ず守るから」

大きな精市の身体は暖かい。顔を埋めている彼の胸元から、少しだけ早い気がする鼓動の音が聞こえてくる。彼の言動全てが優しくて理想形なのに、そこだけは彼も普通と変わらないらしい。それに気づいてしまって、ぎゅっと包まれるように胸が締め付けられる。見慣れない彼の瞳も、表情も、優しさも、心臓の脈拍すらも全てが愛おしい。精市が好きだ。

「未海」

なんとなく顔をあげるように言われている気がして、そっと頭をあげる。ぶつかった視線にまたドキリとしてしまった。青い海の色、すべてを受け入れてくれる海の色だ。

「約束。――俺と結婚してください」





差し出された小指にそっと自分の小指を絡める。未来を象る大切な、私たちの約束だ。
――――――――――――
書きたかった話の原型は「結婚」という単語のみ。
煮え切らない感じが否めません。もっと練習せねば。

(筆:2015/4/1)
2015/9/11 repiero (No,153)

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